皆様、こんにちは。今月は書店員の2013ベストを発表!ということで、大好きな海外文学作品をご紹介させて頂きます。当店は幸い海外文学の棚が広めなのですが、ニーズの少ない海外文学になかなかスペースを割けないのが書店の現状です。そこで、個人的嗜好で選んだ海外文学2013ベスト5をお届け致します。「年末年始に何を読もうかな」と楽しみにしていらっしゃる皆様の本選びに少しでもお役に立てれば幸いです。
第5位
黒々とした森、ゆったりと流れる川、丘のつらなり、そして王の住む美しい城を中心に建設された都市。その都市を生き生きと動きまわる騎士、商人、職人達。そんな中世ヨーロッパの世界に旅する喜びを味わえるのがこの本です。舞台は1371年のチェコ・プラハ。神聖ローマ帝国皇帝カレル4世は何者かに毒を盛られ、一命はとりとめたものの体が衰弱してしまいます。養生のためにカールシュタイン城にやってきた王。彼をなぐさめる話し相手として共に城で過ごす事になった3人の側近が、毎晩王を楽しませるために様々な物語を交替で語り聞かせます。
男達が夜な夜な集まって話すとなれば当然、話題は美しい女性について。彼らはそれまでの人生で見聞きした様々な女性にまつわる興味深いエピソードを披露します。全部で21人の女性についての物語が語られ、最後には王に毒を持った犯人が意外な展開で暴かれるという、何とも粋な構成です。この本は戦時中発表され、ドイツの支配下にあって苦しんでいたチェコの人々にとって、プラハの歴史への誇りを思い出させてくれる作品として、非常に大切にされてきたそうです。女性への愛と祖国への愛を謳った歴史物語は、おおらかな明るさに満ちています。(出口さんの客員レビューはこちら)
第4位
最近非常に盛り上がっているチリの文学から、素晴らしい本が翻訳されました。恋人達の出会いと別れ、喪失をテーマにした二つの小品が収められた本書は、読み終えた後、印象的な歌を聞き終わった後のような言葉にならない余韻がいつまでも心に残ります。
「彼女にはあらゆる覚悟が、どんなことでもする覚悟が、人が自分に与えようとするものは何だって受け取る覚悟が、言うべきことは何だって言う覚悟ができていた。言いたくないことを言っている自分の声を聞く覚悟だってできていた。だがもはや違う。今はもうあらゆる覚悟はできていない」
まるで詩のようです。著者は最初に書きあげた原稿から無駄な言葉を極限までに切り落としていくというまさに「盆栽」的なスタイルを用いて、恋愛小説とは思えないほどピンと張りつめた孤独な空気感を創り出し、新鮮な息吹を作品に与えています。また、興味深いのは、1975年生まれの著者が日本文学、特に川端康成の影響を強く受けている点です。タイトルが示すような、この本を形作る植物的な繊細さや美しさに共感できるのはそんな事とも関係が深い気がします。
第3位
短篇小説の巨匠、レイモンド・カーヴァーについての本格的評伝です。ワーキングプアの日常という自伝的な題材を、研ぎ澄まされた独特の文章で他の誰にも書けないような小説世界に昇華したカーヴァー。働いても働いても生活が良くならない、父親の代から続く貧困の中で、10代での結婚、2児の子育て、重度のアルコール依存、破産、離婚と、とにかくその実人生は困難を極めます。それでも時間を見つけてはただひたすらに書き、書き直し、また書く。
人生の複雑な悲哀や絶望をそのストーリーの中に滲ませながらも、カーヴァーの短篇小説は読む者に静かなパワーを与えます。自身の人生の道筋でどんな迷いや挫折があっても、「いい文章を書く」という信念だけは貫き通し、書き続ける。作家として言葉を磨き続けることには一切妥協しない。それが、カーヴァーの作品が非常に魅力的な語り、「声」を持っている理由なのではないでしょうか。一人の作家の人生を軸に、20世紀後半のアメリカを感じとるノンフィクションとしても大変優れた本です。
第2位
第二次世界大戦中、ドイツ軍による「包囲」のために900日間に渡って食糧供給路を断たれ、67万人以上の市民が餓死した街・レニングラード。数多くの映画や本の題材となったこの史実を描いた新しい傑作が邦訳されました。主人公は、レニングラードで老いた父と幼い弟と共に暮らす若い女性・アンナ。聡明で、意志が強く、控えめながらも内側から光るような美しさを持つ彼女にとても魅了されます。
「アンナは、ふたりのために、これ一回限りと極上のごちそうを作ろうと心に決める。(中略)その日の夕方のひとつひとつの出来事が、どんなに重要なことかをそのとき知っていたら、とあとになって思う。ぼくが釣った鱒は、こっちの大きいほうのだよ、と自慢するコーリャ。すっかり日焼けして、湖での一日の仕事を終えて、のんびりとくつろいでいる父親。美味しい鱒料理。」
アンナとその家族がやがて襲い来る冬と飢餓に命がけで立ち向かう姿が徹底したリアリズムで描かれ、その悲惨さは筆舌に尽くしがたいものがあります。しかし同時に、状況が過酷さを増せば増すほど、日の光や人肌の温もりといった、五感で感じられるこの世界の美しさに触れることが生き抜く上でどれほど大切なことなのか、この小説は思い出させてくれます。
第1位
昨年翻訳が出て以来売れ続けている、チリの巨匠・ボラーニョの遺作です。
アメリカ合衆国との国境近くにあるメキシコの街、シウダー・ファレス(作品中ではサンタテレサという架空の街の名で登場)では1993年以降、500人以上の女性がレイプや暴行を受けた後に殺されるという連続殺人事件が起こっており、行方不明者を含めると被害者の数は5000人以上とも言われます。被害者の多くはマキラドーラと呼ばれる外資系企業の下請けをする製品組み立て工場で働く女工達であり、犯人は夫、恋人、父親、見知らぬ人物など様々です。
この‘殺人が伝染する街’を舞台に、ボラーニョは人類にとって宿命的ともいえる「悪」の問題を壮大なスケールで展開していきます。サンタテレサでの連続婦女殺人事件をめぐる物語と、第二次世界大戦中から執筆活動をはじめ、ノーベル文学賞の有力候補でありながら一切人前に姿を現さず、その人物像は全くの謎に満ちている「アルチンボルディ」というドイツ人作家をめぐる物語という二つのストーリーが絡み合い、一つの巨大な地球規模の物語へと変化していきます。
アルチンボルディの正体、そしてサンタレサで現在進行している事件と彼にどのようなつながりがあるのか。それが明らかになった時、読者はグローバル化した世界を生きる自分自身もまたこのストーリーに決して無関係ではないことに気づき、震撼させられます。総重量1.2キロ、本編855ページと相当ぶ厚い本ですが、冬の夜長にガリガリ読むにはもってこいの一冊です。
皆様、面白い本とともに素敵な年末年始をお過ごしください。また来年お会いしましょう。
持田碧
1986年生まれ。関西育ち、京都在住。気がつけば本屋の上に住み、職場も本屋。文芸書担当。好きな本のジャンルは海外文学。
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