人間の欲望が丸出しになる政治のゴシップは東西を問わず人を惹きつける。権力闘争、飛び交う札束、そして、男女関係。本書には、金欲と情欲が渦巻く世界を泳いだ現代中国を代表する10人の悪女が登場する。
元重慶市党委員会書記の薄熙来の妻で、夫の力を背景に蓄財をしながら、英国人の愛人を殺害した谷開来。枕営業で国民的人気歌手になりながら、政財界の秘密を知り過ぎてしまったからか現在行方不明の湯燦。もちろん、文革時代の悪女2人、毛沢東の妻の江青と林彪の妻の葉群も登場する。共通するのは女性を武器に男の鼻の下をべろべろに伸ばさせて、のし上がっていくところだ。
例えば、女性実業家の李薇。本書では「魔性の熟女のチャイナドリーム」として取り上げられているが、のし上がり方が確かに凄い。ベトナムで生まれ、7歳で中国の雲南省に移住。27歳で最初の結婚をするが3年もたたずに離婚。「チャイナドリーム」が始まるのは33歳のとき。戸籍を得るために肉弾攻勢をかけ始める。「始めるのに遅すぎることは無い」とはよくいうが、彼女の人生を見ていると本当に遅すぎることはないのである。『33歳で始める肉弾接待』という本ができあがりそうである。その後、高官十数人との愛人関係を利用して政財界に食い込み、不動産、石油などの事業を自ら手がけ、富を築く。ついたあだ名が「公共情婦」。関係があった男は元北京市長や元青島市長など監獄に入れられた政治家の数だけでも片手では足りず、噂レベルでは周永康や熙来薄などの中央の大物まで名前があがるほど。最終的には近づいた多くの政治化が失脚しながらも、自らは国外に無事逃げ切ったのである。
それにしても、中国になぜ悪女が多いのか。著者はジャーナリストとして悪女ぶりを描きながらも、同じ女性として共感も示す。
重要なことは、悪女単体では存在しえないということだ。悪女は権力を持つ男を軸にして初めて存在が成立するのだ。ー中略ー乱暴に一言で言えば、もとは男が悪い。
確かに中国の男は「悪い」。むしろ「悪い男」でないと出世できないのだろう。だが、男が悪いだけではない。
成功のために、ほしいもののために、そこまで自分の尊厳を捨てられるのは女の子だからではないだろうか。なぜなら、中国の女の子は、最初から尊厳なんて与えられないことの方が多いのだ。特に農村の伝統社会では生まれた瞬間に、男の子であれば、とため息をつかれ、家をつぐこともほとんどなく、一人っ子政策下においてしばしば戸籍も与えられず、ときに捨てられたり間引かれたりする運命の下にある。
強い者がひたすら強く、弱いものが虐げられる世界であるからこそ、女性は努力だけでは成功をつかみきれない。女性の武器を使ったところで、いつ、男に切られるか、いつ、他の女に蹴落とされるかわからない。だから、潰えぬ欲望を持ち続けることが対外的にも内面的にも自分を守る唯一の手段なのかもしれない。目当ての男に近づき相手にされなかったら別の男を紹介して貰う図太さや、田舎の卵売りから初めて愛想をふりまき、体ひとつで利権に食い込むしたたかさ。中国では女は優しくなくても生きていけるが、タフでなければ生きていけない。彼女たち「悪女」は決して特別な存在ではないのだろう。
「彼女たちの人生を通じて中国現代政治の一面がわかる」と文字数稼ぎのために書評のようなことを書きそうになってしまう流れだが、純粋にそれぞれの悪女の物語があまりにも魅惑的だ。ただただ読んでいて惹かれていく。「ああ、オレもたぶらかされたい」とすら思えてくる悪女ぶり。そして、読了後に、「オレの妻は実は大して怖くないのでは。全く怖くない」という錯覚を与えてくれるほどの悪女ぶり。家庭円満のためにも男子必読の一冊である。
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成毛眞がこんなことを始めたものだから、原本を思わず買ってしまった。
世間を騒がした薄熙来。ハリウッド映画より映画らしい現実がここにある。