ぎりぎりのタイトルである。帯には『明日、人類はこうして絶滅する!』とまである。下手をすれば「とんでも」系の本になりかねない。こういう時、まずチェックするのは、著者の経歴である。これまでの著作に『UFOは真実だった』とかいうのがあったら、HONZの対象外、とんでもフィクションである可能性が高い。
しかし、著者のフレッド・グテルの経歴を見ると、『ニューズ・ウィーク誌に10年間勤務し、科学、ナノテクノロジー、国際事情などの分野に取り組む。』そして、現在は、サイエンティフィック・アメリカン(日経サイエンスの親雑誌)編集長である。不足はない。
もう一つのチェックポイントは、自分が比較的よく知っている分野での内容についての正確さだ。六つのシナリオのうち、医学関係は二つ。『世界を滅ぼすスーパーウイルス』と『迫りくるバイオテロリズム』。前者はインフルエンザの大流行、後者は天然痘ウイルスなどを使ったバイオテロがテーマである。
死者が4~5千万人という1918年のスペイン風邪の歴史があるから、インフルエンザに関しては、想像するのが比較的容易である。世界に誇るインフルエンザ学者である東京大学医科学研究所の河岡義裕の研究を中心に話は進められていく。スペイン風邪の時代に比べると人の移動スピードが格段に速くなっているので、現代の方がより大きな脅威になる、と脅してくる。
確かに、新種のインフルエンザが一気に蔓延するのは恐ろしい。しかし、情報の正確さや伝達は当時よりはるかにすぐれているし、栄養状態や衛生状態も比較にならない。ほんとうのところ、どの程度の驚異になるかはわからないのではないかと、秘かに思ってはいるのであるが…。
天然痘ウイルスによるバイオテロリズムは、インフルエンザより現実性はかなり低いが、脅威度となるとはるかに高い。ご存じのように、天然痘は、人類が根絶に成功した唯一の感染症である。しかし、1980年に撲滅宣言が出されてはいるが、地上から天然痘ウイルスがなくなったわけではなく、米ロの二カ国のみはウイルスを保管している。
廃棄すればいいのに、と思われるかもしれないが、万が一、天然痘が再度人類を襲う時に備え、ウイルスが残されているのである。それ以外のどこかの冷凍庫の奥深くに残っている可能性はゼロと思いたいが、保証はない。現在では不可能であるが、もしかすると、天然痘ウイルスに類似したサル痘や牛痘のウイルスを使って、天然痘ウイルスを人工的に作り出すようなマッドサイエンティストがあらわれるかもしれない。
最近の日経サイエンスにあった『天然痘は消えたけど – 種痘廃止の死角ポックスウイルスの逆襲』によると、種痘がおこなわれなくなり、サル痘や牛痘が増えてきている地域があるという。種痘がおこなわれていたころには見られなかった感染が早くも生じてきているのだ。真打ち・天然痘ウイルスが登場したら、一気に感染が拡大すること必至だろう。
この二つの章の記述はじつに正確である。おそらく他の四章、『繰り返される大量絶滅』、『突然起こり得る気候変動』、『生態系の危うい均衡』、『暴走するコンピュータ』の内容も間違いないだろう。コンピュータウイルスに代表されるマルウェアについての章、『暴走するコンピュータ』、が最も衝撃的であった。全く知らなかったのであるが、『スタックスネット』というのは、どの程度有名なのだろう。きわめて精巧に作り上げられたコンピュータウイルスの名前なのであるが。
スタックスネットは、闇雲にコンピュータからコンピュータへと感染していくのではなく、特定のターゲットにじわじわと近づいていく能力をもったマルウェアである。その標的は、イランにあるウラン濃縮用の遠心分離器を制御するコンピュータ。目的はもちろんイランの核兵器開発阻止。けっして小説ではない。つい3~4年前に、ほんとうにあった話なのである。
そして実際に遠心分離器の制御コンピュータに侵入することに成功した。スタックスネットは何をするかというと、遠心分離器の動作をわずかだけ狂わせるだけ、ローターの回転数を少しあげるだけである。現場の技術者が気づかない程度にしか動作の狂いは生じないのだが、気づいたときには遠心分離器が壊れている、という仕掛けになっている。
発見されにくいように、制御コンピュータには、正常に動作しているというニセデータが表示されるように仕組まれていたというから、念がいっている。公表されていないが、イランでは遠心分離機がつぎつぎと壊れ、核開発に遅れが生じたらしい。ただ、この攻撃に気づいた後、最終的には、逆にイランの核能力は向上してしまったようなのではあるが。
それはさておき、これだけ高度なマルウェアというのは、組織的でないと作ることができないらしい。この本では『西側のどこかの国の諜報機関だろう。CIAかもしれないし、あるいはイスラエルのモサドかもしれない』とされている。その後、2012年にはニューヨークタイムズが、スタックスネットは NSA(米国家安全保障局)とイスラエル軍の諜報機関であるUnits 8200によって作られたことを報道しているし、あのスノーデンによる暴露もそれを裏付けているから、実際に米国とイスラエルによる破壊活動だったのだろう。
我々の日常生活がいかにコンピュータに依存しているかを考えてみると、実に恐ろしいことである。この本では、送電システムを攻撃する仮装のマルウェア『グリッドキル』によってもたらされる壊滅的な大惨事が描かれている。このマルウェアにより、全米の送電システムがストップしてしまったら、どれだけの影響が生じるか、想像することすら困難なほどだ。実際に、マルウェアに対する脆弱性を確かめる実験がおこなわれ、発電機が破壊される様子もCNNで報道されている。十分に作成可能なマルウェアなのである。
たしかに、六つのシナリオのどれもが人類にとって大きな脅威になりうるものだ。かといって、絶滅に至らされるというのは少し大げさである。原題『人類の運命』の副題にあるように、『絶滅にいたる “かもしれない” 理由と、どうすればそれを止めることができるか』についての本だと思って読むのがいいだろう。我々の住む世界は思いのほか脆弱であることがよくわかるし、そのことはよく認識しておくべきなのだから。そのうえで、それらの潜在的脅威に対して、小さくともできることだけはやっておく、という心構えを持つことがが必要だ。
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かなりフィクション的ではあるけれど、一応ノンフィクションということで。
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人類滅亡といえばこの本しかないでしょう。空前のベストセラー。ウィキペディアによると『発行部数は209万部、450版』という。しかし、どうしてそんなに売れたんでしょう。当然絶版ですが、つっこみどころ満載で、いま読んだらけっこう笑えそうな気がする。