旅の楽しみの極みは、初めて訪れた見知らぬ街を当てもなく彷徨い歩くことに尽きる。「迷子になることは、都市を本当に体験する唯一の方法なのだ。」 著者は、「この本は、自分の好きなページから読んでもらいたい」と、まえがきで述べる。8章から構成されたオムニバス映画のような本書は、読者を積極的に迷子に誘うのだ。「迷子になることは心配しなくてもいい」と。
「第1章 到着」では、アステカ帝国の湖上の都市テノティティトランが、突然、眼前にその優美な姿を現す。「第2章 歴史」は、もちろん都市を発明したシュメールから始まり、ルネサンスの画家、フラ・カルネヴァーレの「理想都市」も紹介される。「第3章 習慣」では、筆記やカーニバルや神の家(聖都)が取り上げられる。「第4章 滞在」では、ホテルが(スラム街も)、「第5章 町をさまよう」では、地下鉄等の交通手段が、「第6章 マネー」では、市場・交易からスリや百貨店まで言及される。「第7章 余暇」では、アッシュールバニパル王立図書館が「知の都市」の冒頭に置かれ、ローマの剣闘士とロンドンのマラソンランナーが対比される。まるで万華鏡を見るようだ。
そして、巻末の「第8章 都市を超えて」では、下水からエコシティ、未来都市へと進むが、最後は意外にも廃墟という小見出しが付けられており、巻末の一文は、こう結ばれている。「都市の廃墟はわれわれに貴重な教訓を伝えてくれる。『我々の生命が何からできているのか、われわれが死のなかからどのように復活するのかを示してくれる』のである」。なお、世界中で都市化が進んでいるが、都市は「気候変化の問題を解決に導く手段の一つとして考えるべきである」「実は、ひとりあたりの二酸化炭素排出量は田園地方のほうが高い」のだ。
都市論と言えば、学生時代にマンフォードの「歴史の都市明日の都市」や、ジェーン・ジェイコブスの「アメリカ大都市の死と生」などを夢中で読んだ記憶があるが、本書はとても気楽に読める都市のトリビアの泉である。ただ、惜しむらくは、西洋の著者によくありがちなことではあるが、東洋の知見に乏しいことだ。著者が例えば「東京夢華録」を読んでいれば、それだけでも本書はさらに輝きを増したであろう。
出口 治明
ライフネット生命保険 代表取締役会長。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。