目が覚めたら砂漠のど真ん中にいて、空から電話ボックスが降ってくる。そんな冒頭から始まる物語。
白河三兎は、「諦め」に支配された世界を描くのが巧い。登場人物たちは基本的に皆、内側に「諦め」を抱えている。そして、そういう人物が、僕はとても好きだ。白河三兎の作品を読むと、同志を見つけたような気分になれて、とても嬉しい。
主人公のシロが抱える「孤独」は、シロ自身の思考によってうねりながら大きくなり、膨れ上がっていく。これは、現実と向き合いたくない人間が陥りがちな状況だ。僕も同じ。現実を直視して致命的なダメージを負うよりは、現実の不確かな部分を思考で補い、「現実そのものではない状態」に安住する。その環境で辛くなっても、「いや、これは現実そのものではないんだ」という一縷の希望を残せる。そのささやかな希望が、僕らのような人間を生かすのだ。
しかし同時に、その「思考によって補填された現実」は次第に、現実そのものを侵食していくほど大きくなる。「自分を守るための思考」だったはずのものが、いつしか逆転し、「現実を侵食し脅かす思考」へとゆるやかに変化していく。この流れを止めることは、とても難しい。そうやってシロは、希望と絶望を内包する。どちらも、自分の弱さが生み出した幻影だ。そこから抜けだそうとすれば、絶望だけではなく希望も失われる。そんな強さを、シロは持つことが出来ない。そうやって、シロの人生は形作られて行く。
白河三兎が描く登場人物は、ダメ人間でふがいなくて、だから愛おしい。
本書で「代替医療」は、『主流派の医師の大半が受け入れていない治療法』と定義されている。日本で言う、民間療法のようなものだ。本書では、メインの扱いで、鍼治療についても扱われている。
「瀉血」という治療法をご存知だろうか?体調が悪くなったら、とりあえず体内の血液を抜く、という治療法だ。現代の常識から考えればまともとは言えないが、少なくとも100年ほど前までは、「科学的な治療法」として、あらゆる医師がこの「瀉血」を行なっていた。「科学的根拠に基づく医療」という発想が生まれたのは、なんと1992年のことだそうだ。それまでの治療法というのは基本的に、「経験則」や「信仰」によって支えられていたと言っていい。
本書は、世の中に存在する様々な研究結果を元にして、「代替医療」が「科学的に有効な治療法であるか否か」の判定をしていく作品だ。本書の重要なスタンスは、「原理が解明できなくても、効果があるなら受け入れる」というものだ。その「代替医療」が、科学的にどんな働きをして病気を治癒するのか、その原理が解明できていようがいなかろうが、実験の結果「効果あり」と判定されればその事実を受け入れる、というスタンスで調査に乗り出している。ここは、きちんと押さえておくべきポイントだ。
本書ではやはり、欧米で信じられている「代替医療」が多く扱われているため、日本人には馴染みのないものが多い。しかし、だからと言って読む必要がないわけではない。本書は、「個別の治療法が有効かどうかという知識を得るための本」ではなく、「医療というものをどう捉えるべきか考えさせてくれる本」なのだ。「病気が治る」というのは、実に不思議な現象だ。その不思議さと向き合ってみてほしい。あなた自身の健康のために。
※ 訳者の青木薫のあとがきが「解説」から読む本で読めます。
学生にアルバイトを紹介する部署で働く謎めいた女性職員が、学生たちに「ちょっと奇妙なアルバイト」を紹介するところから始まる5編の連作短編集。何故か学生たちは、無理矢理このアルバイトをしなくてはいけない状況に追い込まれる。学生部の悠木さんの妙な押し出しの強さに、学生たちは刃向かえない。
バイト先で彼らは、不可思議な体験をすることになる。現実にありえるかもしれない状況も、絶対にありえない状況も描かれるが、それぞれの体験を通じて彼らは、人間の奥深さを知ることになる。
不穏な雰囲気を醸し出す設定と、不可思議な状況に放り込まれた人間の心の動きをしっかりと描きとる文章力が絶妙な作品。乾ルカは多彩な作風で知られる作家だが、どの作品も「人間の仄暗い輝き」を写し取ろうとしているようで、「怜悧な温もり」とでも言おうか、不思議な印象を残す作家だ。
僕は、生まれ変わったら「数学者」か「棋士(将棋)」になりたい。つまり、「天才」になりたい。「天才」には憧れる。「天才」という視点で世の中を見たら、どんな風に映るのか、とても興味がある。
矢野祥氏は、紛れも無い「天才」だ。4歳の時に受けた知能指数テストで、「IQ200以上のどこかです」と言われたほどで、9歳で名門大学に一般受験で入学してしまった。世界トップクラスの「天才」である。
しかし矢野祥氏は、IQなんかボーナスみたいなものだ、という。
『僕は高い知能指数は早く理解できるという点でボーナスだと思うけど、勤勉がもっと大切なことだと思う。(中略)それよりも習うことへの従順さと、自分が成功するための意志や意欲がとても大切だと思う。人は僕が高い知能指数なのであまり勤勉でないと思うようだけれど、それは正しくはない』
本書は、彼が9歳で大学生になった当時の日記をメインに書籍化した作品だ。「ごく普通の両親」が、いかにしてこの天才児を育てたのか、という話も載っていて興味深い。矢野祥氏は、とても恵まれた環境で生まれ育ったと言える。彼にいくら高いIQがあったとしても、他の両親の元では、ここまで才能は開花しなかったかもしれない。
小川洋子というのは、不思議な作家だ。一筋縄ではいかない、というかきっと、普通の人とは見えている世界が違うのだろうと思う。
小川洋子は、日常から気負いもせずにすっと非日常に足を踏み入れてしまうような印象がある。描かれているのが明らかにおかしな非日常なのに、何故かそれが日常と地続きになっているように感じられる。実に不思議だ。荒唐無稽と言っていい話もたくさんあるのだけど、落ち着いた筆致と、それを何でもないことのように描く冷静な視点によって、なんだか不思議と、そういうこともあるんだろうなぁ、と思わされてしまう。
踏み出した一歩が、世界を迷わせる。日記形式で綴られる、日常を踏み外した日々。小川洋子の作品で一番有名なものは、恐らく「博士の愛した数式」だろうが、本来小川洋子は、本作のような異質で不穏な世界観と相性が良い作家なのである。
長江 貴士
1983年、今や世界遺産となった富士山の割と近くで生まれる。毎日どデカい富士山を見ながら学校に通っていたので、富士山を見ても何の感慨も湧かない。「富士宮やきそば」で有名な富士宮も近いのだけど、上京する前は「富士宮やきそば」の存在を知らなかった。
一度行っただけだけど、福島県二本松市東和地区がとても素晴らしいところで、また行きたい。他に行きたいところは、島根県の海士町と、兵庫県の家島。
中原ブックランドTSUTAYA小杉店で文庫と新書を担当。
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