『真珠の世界史』珠からみた世界

2013年9月28日 印刷向け表示
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真珠の世界史 - 富と野望の五千年 (中公新書)

作者:山田 篤美
出版社:中央公論新社
発売日:2013-08-25
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私はダイヤモンドが好きだ。20代の頃はHIPHOP系の服を扱うショップの店員をしていたこともあり、指にはダイヤの指輪を常に複数はめていた。ダイヤの冷たい輝きは、私の自己顕示欲や虚栄心を満たしてくれる存在だった。ダイヤこそ宝石の王者だと思っていた。しかし、本書で古代から近年にいたるまで、最も高い評価をされていた宝石が真珠であるということを知った。養殖真珠が登場する以前は、真珠こそが最も虚栄心を満たしてくれる宝石だったのだ。

本書は真珠に関する様々な歴史やドラマを多角的に扱った作品だ。古代日本を『魏志倭人伝』などから読み解き、そこに記載された真珠の視点から邪馬台国を眺めていく点はとても斬新でお面白い。それが考古学的に突飛な意見だったとしても、真珠という観点から古代史を読みといて行こうという試みや推論には、多角的な視点で物事を考える事の面白さを教えてくれる。

15世紀から17世紀にヨーロッパ人は新大陸を発見し、アジアへの航路を確立、世界中の富を独占した。この時代の富の源泉としてはスパイス、金、銀などに焦点があてられることが多いが、真珠も彼らの欲望を刺激する宝石であった。ヨーロッパの貴族や王族の間では真珠が大いに好まれていたからだ。

ベネズエラではグバグア島という無人島に真珠採取を目的としたスペイン人が入植している。彼らは近隣のバハマ諸島から原住民を強制連行し、日の出から日没まで海に潜らせ真珠を採取させていたという。生活環境は劣悪で、多くの者が短い期間で精根尽き果て、溺れ死ぬか、口から血を吐き、血の下痢をしながら死んでいったという。

このため慢性的な労働不足に陥り、バハマ諸島での人間狩りは熾烈を極めた。あまりに激しい人間狩りのため、バハマ諸島のインディオをついには死滅させてしまったと、『インディアス史』の著者ラス・カサスは述べている。真珠がなぜ最高級品なのか。プリニウスはその著書、『博物誌』でこう語る、「人命を賭けなければ獲得できないからだ」と。ヨーロッパの王侯が身に着けた真珠は文字通り、インディオの命と引き換えに得られる宝だったのだ。

19世紀後半から20世紀初めにかけて、真珠の値段は高騰を続け、まさに真珠バブルと呼ぶにふさわしい状況になっていたという。真珠価格の高騰には三つの理由があった。ひとつはライバルのダイヤが供給過剰になったため。二つめはアメリカの新興成金が真珠に熱狂したため。三つ目がパリの「真珠王」レオナール・ローゼンタールが真珠の産地を独占し、真珠の供給と価格をコントロールし始めたためだ。

彼は弟たちを真珠の産地に派遣し、苦労の末にこれを押さえさせた。こうして真珠の価格が高騰すると、インドの王侯や中国の高級官僚の自宅に眠る真珠すらも買い上げることに成功する。真珠の流通を支配するローゼンタールの会社は、真珠の独占に王手をかけた。しかし、彼の野望を阻む障壁が現れた。それは極東の島国「日本」だ。

さまざまな真珠 (出典、Wikipedia

本書の後半は養殖真珠の開発と発展に寄与した、日本人の物語である。1893年に真珠や海産物を扱う商人として生計を立てていた御木本幸吉が苦労の末、半円真珠の養殖に成功。特許も取得する。御木本は英虞湾に養殖場を築き、持ち前の経営手腕と真珠養殖の重要性に気づいていた農務省の支援などを受け、急速にビジネスを成長させる。

御木本の弱点は真円真珠の技術を確立していないことにあった。当時、欧米で流行して真珠商品はネックレスであり、半円真珠はネッレスには不向きだ。真円真珠を作るという厄介な問題を解決したのは見瀬辰平という人物だ。しかし、紆余曲折の末、御木本の真珠王国を突き崩すことはかなわず。真円真珠の技術も御木本の会社に吸収されることになる。

日本の見事な養殖真珠はヨーロッパの真珠業会にセンセーションを巻き起こした。ローゼンタールなどの真珠ディーラーは日本の養殖真珠を偽物と喧伝し、激しい排斥運動を起こした。いつの時代も既得権益者は優れた技術が自分たちの権利を破壊することを恐れる。それは富と権力を巡る戦いだ。この戦いでは、日本の真珠業を独占しライバルを徹底的に叩き潰した、御木本の強烈な個性と闘争心が功を奏した。彼は世界での戦いで一歩も引かず、日本の養殖真珠ブランドを確固としたものにする。彼の個性は、国内のライバルには怨念の対象であったであろうが、国という視点で見たとき日本叩きを繰り返す欧米を抑え込み、日本の産業を大きく発展させた傑出した人物としての一面が見えてくる。

そして養殖真珠の普及により、真珠バブルはついにクラッシュすることになる。日本の養殖真珠の影響で(世界恐慌の影響もあると思うのだが)1930年に天然真珠の価格は85パーセント下落し、その後、欧米では何年間も天然真珠の取引ができない状態となった。

だが、話はここで終わらない。養殖真珠で世界を制した日本だが、ファッションの流行の変化や、バブル経済期の国内真珠価格の高騰などで、事業そのものが内向きなっている間に、世界の国々が真珠の養殖に成功し、日本の養殖真珠のライバルとして台頭してきたのだ。これに海洋汚染が追い打ちをかけ、現在では日本の養殖真珠業者は苦しい状況に追い込まれている。これらの話を読んでいると、家電企業の凋落と似たものを感じてしまう。日本のビジネスや社会の問題が真珠の世界からも見て取れる。本書はビジネス書として読んでも十分に楽しめる本であろう。

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