朝っぱらから「ハムカツ」や「ホッピー」などの文字が並ぶレビューは書かないと決めたのは先月だったか。レビューを書くのは深夜だが、掲載は午前7時半だからだ。深夜のアルコールの勢いに任せて「ホッピー飲んでべろべろ」と書いたレビューを読者は通勤電車で読むのである。想像力が及ばなかったのは恥ずかしい限りである。実際、「酒」本のレビューはページビューを見ても、一部の少し変わった熱狂的な方を除き、共感を得られていないことがわかる。今後はさわやかに「虫」の本でも読むかと心に誓ったのである。
その決意をあっという間に粉砕してしまったのが本書だ。仕事場近くの神田駅前の書店でレジの目の前に30冊近い「酒」本が並んでいて壮観だったのだが、その中でも秀逸すぎるタイトルに思わず手に取ってしまった。
『あの人と「酒都」放浪 日本一ぜいたくな酒場めぐり』。
「あの人」って誰だよ。ページを捲りたくなるではないか。レジの前で立ち読みできるほど度胸ないけど。手を伸ばす数秒で「あの人」と「酒都」を結びつけて、思い浮かんだのがなぜか往年のアイドルや歌手。天地真理か。テレサ・テンか。想像をおかしな方向に膨らませつつ目次を眺める。
太田和彦、森下賢一、鷲田清一、都築響一、佐々木幹郎、吉田類、吉永みち子、エンテツ、藤原法仁、、倉嶋紀和子、浜田信郎、なぎら健壱、橋本健二。
飛び込んできた名前の中には、天地真理はいない。テレサ・テンもいない。小泉今日子ももちろんいない。「オッサンばかり」と思いながらも、レジのオジサンの冷たい視線に晒されたため、目次を眺めると同時に買ってしまったのだが、落ち着いて考えてみたら、凄い面々である。
いまや居酒屋巡りの2トップ、太田和彦と吉田類が揃い踏み。これがどれだけ凄いか。サッカーで言えば、クリスティーアーノ・ロナウドとリオネル・メッシが同じチームにいるようなものである。麻雀で言えば小島武夫と灘麻太郎が卓を囲むようなものである。余計にわかりづらいか。
「スナック界の守護神」都築響一、「大衆食堂の番人」エンテツ、HONZ仲野徹と飲んでいた仲らしい阪大元総長の鷲田清一も名を連ねている。おっさんばかりと書いたが、『気がつけば騎手の女房』ならぬ気がつけば居酒屋にいそうな吉永みち子もいるではないか。「酒場オールスターズ」とでも言うべきか。「こいつ何を一人で興奮しているんだ。わけわからねーよ」と思われるかもしれないが、酒が好きだろうと嫌いだろうと本書は買いの一手である。なぜなら、本書は単なる呑兵衛の酒場巡りではない。酒場巡りに違いないが、呑兵衛にも呑兵衛になる理由があることを明かしてくれるとでもいうべきか。
内容は読売新聞のウェブサイトの連載をまとめたものだ。読売新聞記者の著者が「あの人」の行きつけの居酒屋や大衆食堂を一緒に巡り、酒や肴について語ってもらう。とはいえ、単なる飲兵衛の酒場巡りではない。著者は彼らに酒や肴の質問を投げかけながら、同時に彼らの背負っているものや人生で抱える葛藤を浮き彫りにする。
今や大人気テレビ番組「吉田類の酒場放浪記」に出演する吉田類はなぜ日本一無防備な酔っぱらいになったのか。居酒屋に関する多数の著書を持つ太田和彦は居酒屋のカウンターで一人で何を思うのか。大衆食堂の詩人と呼ばれるエンテツはなぜ居酒屋よりも大衆食堂を好むのか。都築響一にとってスナックとは何なのか。そして、呑みながら論文を書くほど酒を好む鷲田清一にとって酒とは、哲学とは。素朴な質問を重ねながらも話はどこまでも膨らむ。このようなやりとりを可能にするのがまさに酒場の持つ力なのだ。
著者はこう記す。「酒場で呑んでいて、何かの拍子に昔聞いた話や光景がよみがえることもある。無意識の底に沈んでいた言葉や光景が呼び覚まされる。酒場は記憶を蓄える場であり、再生する装置だ。」
登場する店の酒や料理の描写も細かく、読後には行きたい店だらけになるのだが、本書で一番惹かれるのは取材対象者が過去の記憶を呼び覚まし、未来を少しだけ見据えて、自らの内面を語る言葉の数々だ。著者が指摘するように、それはどんな酒や肴よりも味わい深い。