2012年7月10日。深海プロジェクトチームは、「生きたダイオウイカの撮影」という世界初の快挙を成し遂げる。その苦難の10年間を追った作品だ。日本人にとってダイオウイカはあまり馴染みがないが、欧米人にとってはロマンをかき立てられる生物らしい。そんな欧米人が、これまで何度もチャレンジして成し得なかった快挙だ。ナショナルジオグラフィックでさえ、ダイオウイカに関しては全く話にならない番組しか製作できていない。
なんとなく僕は、このプロジェクトは、どこかの研究所の主導だとばかり思っていた。本書を読んでそれが誤解だと知る。これは、NHK内部で生まれ、最初から最後までNHK主導で進められたプロジェクトなのだ。メンバーたちは、まったく成果の出ない辛い日々を過ごし、どんどんと状況が厳しくなっていく中、それでも諦めることなく努力し続けた。皆このプロジェクトの成功は“奇跡”だったと言う。努力だけでは奇跡は起こせない。しかし、努力しなければ奇跡は絶対に起こせない。そんな、当たり前だけど深いことを考えさせられる1冊だ。
書店では「全帯」と呼んでいる、カバーを覆い尽くす幅広の帯にダイオウイカの写真が載っていて、実にインパクトがある。8月下旬から、映画も順次公開していくという。まだまだダイオウイカ旋風は吹き荒れそうだ。
「老子が「技術が発達すると社会は混乱する」と言ったとおり、科学の発達の矛盾がヒューマンエラーの問題として表出したといえます」
僕は、「便利さ」があまり好きではない。ちょっとぐらい不便な方が、気持ちが楽だ。便利さに慣れてしまうことが怖い。クーラーになれきった身体には、夏の猛暑が堪えるように。そして、便利さを忌避する理由がもう一つ増えた。そう、本書で書かれているように、便利になればなるほど、人間のミスは増え、一つのミスが大問題に繋がっていく。
「このまま、人間がまちがえないことだけに頼る没コミュニケーション社会を続けても、それは早晩破綻するでしょう。システムはますます巨大化し複雑化するにもかかわらず、人間は相変わらずまちがえ続けるからです」
本書は、ヒューマンエラーについて論じる本ではない。どうやったらヒューマンエラーを減らすことが出来るかを、ひたすら具体的に説く作品だ。仕事でも日常でも、ミスを絶対になくすことは出来ない。本書は、ミスは絶対に存在するという前提に立って行動する際の指針となるだろう。
主人公の修の姿が、自分の将来の姿とダブるようで怖い。「自分は大丈夫」と思っている人こそ、注意した方がいい。都会での生活は、ほんのちょっとした転落に歯止めが利かず、どこまでも落ちていってしまう危険を常に孕んでいる。それこそが、「人間関係の希薄さという自由」を手にした僕たちが、覚悟しなくてはいけない代償なのだ。しかし、その事実は、普段あまりにも目に見えないために、みな気づかないフリで生きている。
私立大学の三年生だった修は、ある日突然「除籍」だと告げられる。授業料の未納だという。慌てて両親と連絡を取ろうとするも、電話も繋がらない。仕送りも止まり、家賃が払えずにアパートを追い出され、修の人生は、雪だるま式にどんどん悲惨な方向へと突き進んでいく。
目の前の現実が厳しくなかった時代なんて、これまでなかったかもしれない。でもやっぱり僕には、目の前の現実がこれまでのどの時代よりも厳しく見えてしまう。「普通の人生」というものが崩れ、目指すべきモデルケースが失われ、それでも前に進み続けなければならない時代。読みながらずっと、「あなたは、どこで、どう生きますか?」という問いを突きつけられているようだった。
たぶん僕は、この原稿を書いている時点で、堺雅人が「動いている姿」を一度も見たことがない。今から2時間後に、「半沢直樹」の再放送をやるらしいから、もしかしたらそれは見るかもしれないけれども。本書を読んで、「堺雅人」という人物に、興味を持った。
僕は、「考えている人」「ことばで語れる人」が好きだ。僕が「考えている人が好きだ」という時の「考える」は、意気込みのないものだ。何も意識せずとも、ふと疑問が頭の中に忍び寄る。なんだろう?何故なんだろう?どういうことなんだろう?どうなっているんだろう?そういう疑問に「捕まってしまう」のだ。
堺雅人は、本書を読む限り、まさにそういう人だ。そしてそれは、堺雅人の人生に、ゆるりと組み込まれている。「考える自分」も含めて、一つのまとまりなのだ。そしてまた、堺雅人は、自分の頭の中のグルグルとした思考を「ことば」に変換することが出来る人だ。とても良い。
どの文章も、自分を一歩も二歩も後ろから引き下がって観察して、客観的に自分の思考を掬いだそうとしている。自分のことは自分だってわかりゃしない、という前提に立ちながら、きっと自分はこんな風に考えているんだろうな、というようなスタンスがとても好ましい。「自分の思考」を一つの研究対象と見立てて、あらゆる角度から精査しているような佇まいが、とても良い。
こういう人が、僕は、とても好きです。
古来人間は、「宇宙」に魅せられてきた。そして、時代毎に、「宇宙」の解釈は様々に変遷し、「宇宙像」は変化していった。宇宙をどう捉えるかは、あらゆる時代の人びとにとって、大きな関心事だったのだ。
現代宇宙論は、宇宙像を捉えるために、とんでもない一歩を踏み出した。それが、本書のテーマの主軸である「人間原理」である。人間原理は、正確に伝えるのが難しい概念だ(そして、本書はその困難さに挑戦している)。人間原理は、超噛み砕いて、正確さを無視して説明すると、「人間が誕生するような形で宇宙は生まれた」となる。あなたはこれを聞いて、どう思うだろうか?胡散臭いな、と思うだろうか?科学はいつの間に「宗教」になったんだ、と思うかもしれない。しかし、本書は決して胡散臭い本ではないので安心してほしい。実に真面目に、宇宙像の変遷の歴史や、現代宇宙論の要諦などを追っていく。
著者の青木薫をご存知だろうか?僕にとって「青木薫」というのは、「安心印」である。青木薫の本業は、理科系の書籍の翻訳者である。僕の中で、「青木薫訳」と書かれた作品は、「間違いない作品」だ。「青木薫訳」の作品で外れだったことは、これまでに一度もない。理科系の本をお探しの方は、是非訳者にも着目してほしいものである。
長江 貴士
1983年、今や世界遺産となった富士山の割と近くで生まれる。毎日どデカい富士山を見ながら学校に通っていたので、富士山を見ても何の感慨も湧かない。「富士宮やきそば」で有名な富士宮も近いのだけど、上京する前は「富士宮やきそば」の存在を知らなかった。
一度行っただけだけど、福島県二本松市東和地区がとても素晴らしいところで、また行きたい。他に行きたいところは、島根県の海士町と、兵庫県の家島。
中原ブックランドTSUTAYA小杉店で文庫と新書を担当。
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