文字通り『ラテン語図解辞典』である。見出し語約500、図版約700点、この一冊で古代ローマの文化と風俗に関するラテン語の根本を知ることができる。
たとえば”abacus”。原義は石・大理石・土器などの矩形の厚板。その厚板を使って作られたのが食器棚やそろばんであり、ともに”abacus”である。図版によれば、古代ローマそろばんはケタが決まっていたらしい。右の2ケタは小数点以下を表し、左端は100万の単位だった。なんとなく、古代ローマの建築精度や穀物収穫量などが想像できて面白い。
たとえば”acus”。ラテン語では針またはヘアーピン。この辞典にはないが、現代英語でも”acus”は外科用の針の意である。新しい髪飾りのブランド名として、”acusを接頭辞にして新語を造語すると、英語圏では流行るかもしれない。
たとえば”aegis”。「メデューサの首がついたミネルウァ女神の防身具。メディーサは、その姿をまともに見た者を石に化するという女怪。女神が左腕を伸ばすと、”aegis”はあたかも盾の働きをするかのようである」とこの辞書では説明されている。勘の良い人はもうお分かりだろう。”aegis”とはイージス艦の原語である。つまりイージス艦とは(主に)空母を守る盾であり、敵の攻撃手段を石に化する役割を担っているのだ。したがって、空母はミネルウァ女神ということになる。ところで、ミネルウァ女神は詩・医学・知恵・商業・製織・工芸・魔術を司る女神だ。まことに皮肉なことである。
たとえば”aequitas”。公平、公正の意だ。この言葉は”Veritas and Aeuitas”、すなわち「真実と公正」として、アメリカ人のヤバい感じの人たちがよくタトーに使う。多くの場合、拳銃を伴って自警団気取りであるから近づかないほうがよい。
4つのAから始まる言葉を取り上げたのは、この辞典は図解を誇っているからで、この4語ともAmazonでサンプルを見ることができるので参考にしていただきたかったからだ。ほかにもシアターの原語である”theatrum”の項などは、ある劇場の平面図を示しながら、それぞれの座席割、つまりS席A席オーケストラピットなどの区分けやらが示されていて楽しい。
この図解辞典を底本にして、上記のような現代に繋がる薀蓄を付け加える副読本を作ると面白いかもしれない。やってみるかなあと思いつつ、明日までに忘れてしまうであろう。それはともかく、ラテン語学習者でもないのにこの辞典を買うのはいささか変わり者だろう。しかし、このような本が一冊本棚にあると、いつかはラテン語を解読できるような賢者になり、やがて剣術を学んで勇者と呼ばれるようにかもしれない、という夢が広がるというものだ。まずは普通のノンフィクションでレベル上げが必要なことはいうまでもない。