楽しくて、ワクワクするような本ではない。おもしろくて、ページをめくるのがもどかしくなるような本でもない。それでも、なお、この本は、出来るだけ多くの市民に読んでほしいと思わずにはいられないのだ。
はじめに、次のグラフを見てほしい。
一般に、先進国とみなされているG7の中で、日本の次に難民の受け入れが少ないイタリアが1,803人(G7全体の3%)、これに対して日本はわずか21人でしかいない。わが国は、難民の受け入れについては、文字通り、世界の中で「隔絶」しているのだ。なぜ、わが国は、このような「鎖国状態」になってしまっているのか。著者は、現場に足を運んで、丁寧に問題の所在を1つ1つ解きほぐしていく。とても優れた本物のルポルタージュだ。
この本には多くの難民が登場するが、中心になって語られるのは、クルド人のレイラさん(仮名)一家の物語である。川口市の和室6畳の2Kに住むレイラさんは、夫、17才の長男、13才の長女、12才の次女、5才の三女の6人家族である。日本語が十分に話せないレイラさんと著者の対話は長女が通訳することで成り立っている。レイラさんの親戚は、ヨーロッパなど世界に離れ離れになって暮らしているが、ヨーロッパの親戚からもらった英、独、仏語の資料を、レイラさんが入国管理局に出そうとしたら、「日本語の訳がなければ受け付けられない」と撥ねつけられたという。祖国から日本に必死の思いで脱出してきたレイラさん一家に、外国語を日本語に訳せる能力があるはずがないではないか。こうしたお役所仕事には、誰しも義憤を感じないではいられないだろう。
難民については早くも1951年に、国連で難民条約が採択されており、そこで難民は次のように定義されている。なお、現在の世界の難民数は約4,300万人である。
「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができない者又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」
当然に、わが国も、難民条約を批准しており、法務省の入国管理局が難民審査を行っているが、その運用、即ち審査基準が世界と隔絶していることは前述した通りである。それには様々な理由が考えられるが、最大の理由の1つは、私たち市民が、我が国の難民のおかれている過酷な状況を「余りにも知らなさすぎる」ことに求められるのではないだろうか?この世の中で、無知や無関心ほど恐ろしいものはないのだ。
この本には、また、難民を支援する多くの人々が登場する。60代のクルド人の「お父さん」から、難民問題に関心を持つ学生団体「J-FUNユース」に集まる大学生、28才の弁護士等多士済々である。このようなダイバーシティにあふれた人々の輪が、広くこの国に浸透していけば、難民問題の解決にとどまらず、日本はもっともっとすばらしい国になるに違いない、読み終えてそう確信した。このようなおよそベストセラーとは無縁と思われる本を世に送り出した著者・編集者・出版社のチームワークに深い尊敬と感謝の意をささげたい。
出口 治明
ライフネット生命保険 代表取締役会長。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。