久しぶりに、寝食を忘れて、一晩で読んでしまった。今、まさに知りたかったことに、真正面から答えてくれる本に出会ったからである。
巻頭に福沢諭吉の言葉が引かれている。
「語に云く、学者は国の奴雁なりと。奴雁とは群雁野に在て餌を啄むとき、 其内に必ず一羽は首を揚げて四方の様子を窺ひ、不意の難に番をする者あり、之を奴雁と云ふ。学者も亦斯の如し。(以下略)」
著者の問題意識が、この一文に見事に凝縮されている。そう、本書は一世を風靡しているかに見えるアベノミクスの上質で真っ当な経済分析なのだ。
本書は一問一答の形式で書かれており、文章も平易で論理的である。一見したところ、とっつきやすい印象を受けるが、その内容は骨太かつ高度であり、経済学の最新の地平がほぼ余すところなく網羅されている。金融機関に勤めるエコノミストでも、ここまで明晰に頭の中がきちんと整理されている人は、ほとんど見当たらないのではないか。その意味で、本書は、現在わが国で入手し得る経済学入門の最良の基本書の1冊であると言っても、決して過言ではないだろう。
本書の構成は5部に分かれている。「第1講 なぜ日本はデフレに陥ったのか」では、二部門経済として日本経済を理解することの重要性が指摘される。「第2講 マクロ経済学の新しい常識」では、「マクロ経済学の歴史は、ルーカス批判以前とルーカス批判以後に区分してもいい」という著者の知見が語られる。とても新鮮で大きな刺激を受けた。「第3講 ゼロ金利制約と金融政策」では、金融政策は等価交換なので、まず、バランスシートを思い浮かべることの必要性が、諄々と説かれる。例えば、下図をよく見て考えてみてください。
次いで、ゼロ金利制約(Zero Lower Bound)の恐ろしさが理路整然と説明される。バランスシートとZLBの2つを正しく理解さえしていれば、世の中のつまらない金融政策論争の類は、直ちに半減するだろう。
「第4講 金融緩和と為替・財政政策」では、貨幣発行益(シニョレッジ)の枯渇という視点が、不勉強な身にとっては、虚を突かれた思いがした。「第5講 アベノミクスの現在と将来」は、皆さんが読んで、それぞれに考えてみてください。アギオン=ホーウィットの「成長の経済学」の翻訳が待たれるところである。
本書は、現在のわが国経済の行方に興味を持つ全ての人にすすめたいベストの1冊である。月並みだが、これが本書を読んだ率直な感想である。
なお、中央銀行の使命に焦点をあてて勉強したい人には、これも出版されたばかりの翁邦雄「日本銀行」 (ちくま新書)が好適であろう。
出口 治明
ライフネット生命保険 代表取締役会長兼CEO。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。