なんといっても! 刊行前から、海外の面白い原著をいちはやく読むことができるーー
それが翻訳ものの編集者の醍醐味でしょうか。とはいえ、この「刊行前」からというのがクセモノで、原稿がまだほとんど上がっていないうちから、早くも版権を売り出している場合もよくあり。こうした場合、刊行予定の本の要旨、見本の章などで判断するわけですが、最終的にどうなるかは予想するしかありません。
・・・こんなもやもやした段階で版権取得に動くのは、もうエイヤっ!の賭け勝負ですね(話題になりそうな本だと、このエイヤっに、ン百万も賭ける版元さんもいらっしゃる、なかなかスリリングな世界です)
さて、今回、ご紹介する『WILLPOWER 意志力の科学』、こちらは刊行前でも、しっかり完成原稿があり、一読即版権取得に動きました。で、ここでも、ハラハラドキドキが待っています・・・当然、面白く売れそうな内容なら他社さんも黙っちゃいません。他社が参入すれば、競合となり、通常、オークション形式で最高額のアドバンス(版権取得用の前金)を提示した社が、版権を獲得することになります。こうなるとやはり大手版元さんが強いわけですが、私たちのような小さな版元でもチャンスがままあるのが面白いところです。なんというか、大輪を咲かせるかどうか未知数でも、可能性の詰まった種(原稿)に目を付ける・・・本書の場合もまさにそうでした。
本書の著者のひとり、ロイ・バウマイスターは「WILLPOWER 意志力」にかかわる心理学者として知られており、とりわけ「意志力は筋肉のように疲労し、鍛えられる」という発見で有名です。でも、本書の原稿を入手した当時、「意志力」というテーマは、まだ一般には話題になっていませんでした。それでも本書にピンと来たのは、当社の既刊翻訳本の幾つかで、「意志力(自制心)」の重要さが説かれていたからです(ガザニガ『人間らしさとはなにか?』、ポー・ブロンソンほか『間違いだらけの子育て』など)。
これらの本では、人間の聡明さや能力を伸ばすカギは、「意志力(自制心)」にあり、「自尊心から自制心へ」と研究の流れが大きく変わりつつあることが紹介されていました。
それだけではありません、本書の原稿を読み進むうちに、人生の広範な分野で活かせるだけではなく、私たち自身の脳や心の本質を理解するためにも、必読の1冊に違いないと思えました。そこで当社としては最大級のアドバンスを提示し(もう社運を賭けるような気持ちです)、なんとか版権を獲得できたのですが、それも本書の「未知数」のおかげでしょう。
さて、米国での刊行後、本書はあれよあれよという間に、全米ベストセラーに! amazon.comでは年間ベストブック(総合TOP100・科学部門TOP10、2011年)に選出。海外22か国で刊行という快進撃を続けています。実はまさかこれほど海外でヒットするとは思っていませんでした。そして、米国では本書の後から刊行された『スタンフォードの自分を変える教室(The Willpower Instinct)』が、日本でベストセラーになるとは!
ということで、本書、ほんとうにハラハラドキドキさせてくれる編集者冥利?に尽きる1冊、こんな裏事情をスパイスに読んでいただければ、読書のスリルも増すやも知れません。
(おまけ)
皆さんは翻訳書によくある「謝辞」に目を通されるでしょうか?
本の内容とはかかわりのない関係者への感謝なので、まあどうということはないように見えますが、ここがけっこう参考になるのです。
たとえば、本書では『ヤル気の科学』のイアン・エアーズ、『ヤバい経済学』のスティーヴン・ダブナー、『オプティミストはなぜ成功するか』のマーティン・セリグマン、デジタル業界のヴィジョナリー、エスター・ダイソンらへの謝辞に加え、あのダン・アリエリーが本書の仕掛け人であることが明記されています。本書の著者らの強力なバックボーンが伺えるわけで、それも版権取得の目安となりました。
インターシフト 編集部 真柴隆弘
*「編集者の自腹ワンコイン広告」は各版元の編集者が自腹で500円を払って、自分が担当した本を紹介する「広告」コーナーです。