2013年の上半期は絵にまつわる読み物が充実していた。ちょっと目に入っただけでも4点あり、それぞれ1,900円、1,600円、2,000円、2,300円。4冊まとめて7,800円の買い物だった。それでも絵画好きにとっては良い選択だと思う。著者は4冊とも日本人。この分野の人材が厚いことがよく分かる。
5月15日発売の最新刊『巨匠に学ぶ風景画』のサブタイトルは「名画の謎を解く20のメソッド」だ。その20のメソッドを構図、形、色の3章に分けて説明する。たとえば構図の章には中心型、囲む型、散開型など6つのメソッドを設定し、それぞれブリューゲル、セザンヌ、北斎、デュフィなどの多数の名画を取り上げながら説明するのだ。
中心型ではブリューゲルの「バベルの塔」が真っ先に目に入ってくるが、北斎の「赤富士」も中心崩し型として説明されていて、説明のための説明に陥っていない。囲む型では樹木で囲む、湖湾で囲む、門で囲む、小径で囲むなどなど、たしかに巨匠たちは意図的にそのような構図を使っていることが良く判る。紙面に散りばめられたイラストも可愛らしくて秀逸。絵を書く人にとっても、絵を見る人にとっても易しく楽しめるテクニック解説書だ。
3月15日発売の『アイテムで読み解く西洋絵画』は美術館巡り必携のサブテキストだ。西洋絵画独得のお約束事が詳しく解説されている。たとえば「百合」は純潔や権力の象徴。ロセッティの「受胎告知」やリゴーの「ルイ14世の肖像」などの図版を見ながら納得できる構成になっている。
全体は12種の植物、19種の動物、13種の静物、6種の肉体パーツに分けられている。ルーベンスの「アダムとイヴ」やティツィアーノの「聖母子と聖カタリナ」には兎が描かれていて、その意味は多産と豊穣だそうだ。鳩は平和、壺はパンドラ、天秤は公平など良く知られている表象もあるが、蝶は魂、竜は悪と異教、鳩は精霊あたりは絵を見ながら説明を読むとよく判る。
2月27日発売の『画家の食卓』はアートと食のマリアージュ。著者はこの分野の第1人者、林綾野さんである。『ゴッホ 旅とレシピ』『フェルメールの食卓』などの講談社ARTピースシリーズでよく知られている。じつはこのシリーズの既刊をすべて買っている隠れた林綾野ファンなのだ。今年の夏、山や海で涼しい風に吹かれながら開くには最高のシリーズかもしれない。
本書の冒頭はパウル・クレーの食卓。クレーの楽しみは「食べること」であったといい、料理の腕前もなかなかだったらしい。著者はクレーの故郷ベルンを訪れ、クレーがもっとも愛した料理のひとつポルチーニのリゾットを作る。ベルンの風景写真、クレーの絵、ポルチーニのリゾット一皿の写真。すべてが美しい。食事好きでアート好きであれば、買わないという選択は絶対にない本だ。
最後は1月17日発売の『色で読み解く名画の歴史』だ。恐れいったことにカバーと帯の3枚重ねの装丁だ。4冊のなかでもっとも専門的な本である。著者は色彩学の研究者。昨年出版された『フランスの伝統色』が素晴らしかった。本書の章立てもまえがき、序論・色彩絵画の系譜、掲載作家・年表一覧表、色彩一覧、凡例、西洋の絵画、日本の絵画、参考文献となっていて重々しいのだが、怯む必要はない。
1枚の絵に対して1ページの説明と、その絵を彩る代表的な色彩がCMYK値、RGB値、マルセル値を併記されて並べられている。真っ白な紙の真ん中に単色を使って円形が印刷されている場合、他色と比較できないため、コバルト・ブルーなのかプルシアン・ブルーなのか判別できないことがある。むしろ絵の中から色彩を拾ってきたほうが判りやすい。ターナーの赤はコチニール・レーキ、セガンティーニの輝きはカドミュウム・イエローなどということが判る。ちなみに本書では藤田のホワイトはフジタ・ホワイトとして説明されている。
まとめてみよう。絵が好きな人であれば、4冊同時に買うことをおススメする。1冊だけということであれば、絵を書く人には『傑作の法則』がおススメだ。美術館巡りの人には『アイテムで読み解く西洋絵画』。絵だけでなく印刷などにも興味のある人は『色で読み解く名画の歴史』。料理も好きな人には『画家の食卓』をおススメするが、追加でシリーズ7冊を買ってしまうリスクがある。
さて、最後のおススメは『ジュンク堂X丸善 美術書カタログ2013 defrag(デフラグ)』だ。80ページにわたって300点近い美術書を紹介している。あまりに評判が良くて重版したらしい。そりゃそうだ。なにしろこの本は店頭で無料配布されているのだ。