松尾たいこさんは32歳まで地方OLをされていた。それが一念発起し、上京してセツ・モードセミナーに入学。今や日本を代表する人気イラストレーターとして活躍されている。
こんな恰好良い話があり得るのだろうか。地方都市に生を受け、ずっと周りに進められるがまま、堅実な生き方を選択し続けてきた女性が、高跳びをすると決めたその瞬間に何があったのか。確か初めの打ち合わせで、その答えを聞いた。
「自分がなりたいって思う女性が、この会社にはいないって気づいたの」
衝撃的な一言だった。執筆の依頼を決めたのは、その一言を聞いた時だったと思う。
誤解のないよう補足すると、魅力を感じる女性は何人もいたと聞いた。けれど、「素敵だ」と思うことと「なりたい」と思うことは全く別だということに、松尾さんは気づいた。その32歳の勇気に、敬意を払わずにはいられなかった。
なりたい自分をつかむ。この行為の、いかに恐ろしいことか。ある者は、今の自分とのギャップにめまいを起こし、ある者は、現状維持をすることとひき替えなくてはならない大きな危険に、背筋を震わせる。なりたい自分像を時間の条件も含めて明確にイメージすることは、今の立ち位置を認識し、イメージとの距離を測るという、苦痛を伴う作業だ。
立ち位置。努力の質と量。32歳の時に、すべてを冷静に見極めた松尾さんは、ついに小学校以来の夢を、かなえられるに至る。
だからこそ、松尾さんの語られる言葉には、力がある。すべてを自分で背負う、大人の覚悟がある。お会いするとびっくりするくらい無邪気でかわいらしい人なのだけれど。
「10代のころは20代になるのが怖くて20代になったら30代になるのが怖かった。そしてそれ以降のことなんて、怖すぎて考えるのをやめていた。でも40代のいまが一番楽しい!」
こんな生き方、すべての女性にとっての憧れではないだろうか。充実したキャリア、幸せな結婚生活、心地よさそうな交友関係……松尾さんの持っていらっしゃるものは、私が心から欲しくなってしまうものばかりだけれど、そんなふうな考え方を得るためのヒントが、本書には沢山詰まっている。
たとえば、ワインは、知識を自分で蓄えようとするより、臆せずソムリエに聞く。仕事の広報活動には、恥ずかしがることなくウェブを活用する。古い人、という印象をもたれないために、メイク道具は安くてもシーズンの新作を。仕事を好きでい続けるためには、スケジュールのなかに、きちんとインプットの時間をとる……etc.
語りかけるように、ゆるーくつづられるエッセイ。それは押しつけがましくも、上から目線でもないけれど、読んだ人が、もう一度「頑張ろう」とふと思ってしまう、そんな新鮮な驚きに溢れている。
働き女子必見、と帯に書いたものの、男子にも共感してもらえること必至の、一冊です。
幻冬舎 杉田千種
*「編集者の自腹ワンコイン広告」は各版元の編集者が自腹で500円を払って、自分が担当した本を紹介する「広告」コーナーです。