★★★★☆
豚インフルエンザ、口蹄疫に興味のある人はもちろん、研究職への道を考えている人にもおススメ
闘う! ウイルス・バスターズ 最先端医学からの挑戦 (朝日新書) (2011/01/13) 河岡義裕、渡辺登喜子 他 |
鳥の糞を追いかけてインドネシアの山奥まで行くこともあれば、徹夜で電子顕微鏡を見続け目をはらすこともあり、CIAにつきまとわれることもある。ウイルス・バスターズの闘う場所は研究室に限定されない。本書はそんなウイルス・バスターズと政治の関わり、彼らの生態と熱意、ウイルス研究の歴史とその最先端についてまとめられている。
ウイルス研究を行う施設の物々しさはテレビ等で見かけたことはあったが、求められる水準は想像以上だ。ある大学の研究室は米疾病対策センター(CDC)の検査官から、「テロリストがトラックで突っ込んでくると壊れちゃうよね」、というあり得ない指摘をされ、鉄柱を追加したそうだ。当然、厳重な管理の対象は施設だけでなく、ウイルス・バスターズにも及ぶ。著者(河岡教授)は人工的なインフルエンザウイルスの作成方法を開発した後、アメリカ滞在中は定期的にCIAエージェントからコンタクトを受けていたが、日本へ帰国してから警察や防衛省からのコンタクトは一度もないそうだ。自分がテロリストの親玉なら研究者を日本へ派遣するだろう。
これだけの厳重な管理が求められるのにはそれなりの理由がある。20世紀初頭にヨーロッパを襲ったスペイン風邪(なぜ「スペイン」なのかは本書に詳しい)はおよそ5000万人の死者を出したし、HIVやエボラウイルスは今でも人類の脅威である。2009年に大流行した豚インフルエンザも社会を大きく混乱させたが、著者のグループは新型ウイルスの正体を暴くために懸命の研究を行った。プロジェクトX顔負けの突貫研究を行い、研究開始後わずか2ヵ月後に「サイエンス」に論文が受理されている。非常に緊急性と重要性の高い研究なので、その現場は緊迫したものだったと思うが、著者(河岡教授)は研究者人生初の世界的なパンデミックとの遭遇に興奮しきりだったそうである。うーん、たのもしい。
現在の日本のロボット研究者の多くは鉄腕アトムの開発を夢見て、ロボット学者になっている(学会でアンケートを取ると7割以上がそのように答えたそうだ)。さかなクンも小さい頃から魚が大好きだったし、昆虫学者にも小さな頃からの昆虫好きが多い。一方、ウイルス・バスターズには「小さな頃からウイルスが好きで好きで仕方がなかった」という人はいないようだ。そりゃそうだろうとも思うが、本書に登場するウイルス・バスターズは「気がついたらなんとなく」ウイルス・バスターズになっていたという人ばかりだ。そんな彼らがどのようにしてウイルス研究にたどり着いたかという部分は研究テーマが決まらない人、「やりたい仕事がみつからない」という人には参考になるだろう。自分にぴったりの天職がどこかに転がっている分けではない、ということか。
昨年の事業仕分けでは様々な研究者が槍玉にあげられていたが、ウイルス研究の分野でも早期の商品化や臨床応用が見込めなければ研究費の獲得が難しいようだ。世界で最初のエイズ治療薬を開発した満屋教授は、基礎研究は臨床応用の「種」を見つけることが役目であり、短期間でで商品化ができるようなら大学で研究する必要などないと主張する。そんな研究なら企業が放って置かないでしょう、という話であり、大いに納得。とはいえ、研究費を割り振る人はどうやってその「種」を見分ければ良いのかという問題は残っている(満屋教授は広く薄くがいいのではと提案している)。いっそのことくじ引きで決めた方がいいんじゃないか。
本書には人工的にウイルスを合成するリバース・ジェネティクスの詳細な説明もあるもが、全般的に生物学の知識のない読者(自分も含む)にも分かり易い内容となっており、幅広くおススメできる。