『わが盲想』 新刊超速レビュー

2013年5月16日 印刷向け表示
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わが盲想 (一般書)

作者:モハメド・オマル・アブディン
出版社:ポプラ社
発売日:2013-05-16
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彼の名は、モハメド・オマル・アブディンという。今年で35歳のスーダン人だ。19歳の時に来日し、福井県立盲学校で点字や鍼灸を学ぶ。

そう、彼は盲目である。

スーダンは内戦中だった。政治も治安も最悪の中、アブディンはハルツーム大学法学部に在籍する大学生。しかし大学は4か月も閉鎖され、高校までは教科書を読んでくれた友達もいない。このままでは卒業さえ難しい。友人は政府との戦いに挑み、何人も死んでしまった。エンジニア労働組合の旧副会長の父はバシール政権下では職を奪われ、今は銀行に勤める母親の収入だけで暮らしている。遺伝的な問題で、兄弟のうち3人が盲目だ。

そんな閉塞された気分のときに、もたらされた日本への留学の可能性に彼は賭けた。ガンコ親父を説き伏せ、点字を1か月でモノにし、得意の英語を武器に留学のチケットを手に入れた。電気製品が優秀だという知識だけを持って、来日を果たしたのだ。

言葉も分からず、食べ物も習慣も、宗教も違う日本で苦労しないわけがない。でも、彼を受け入れてくれた学校が福井県にあったのは、結果的に良かったのだろう。語尾が「のう~」とゆったりとしているように、福井の人はゆったりとアブディンを受け入れた。もともと人好きされるアブディンも、この地で「おやじギャグ」から日本語を学んでいく。

猛烈な勉強の末、鍼灸の国家試験を通り、日本語も上達する。なにしろ彼は、目が見えないのに漢字が読める。この勉強方法を編み出した高瀬先生は天才である。日本人はいまだにガイジンに弱い。特に黒人にしり込みする人が多い。しかし目が見えないのに喋りは流暢、その上初対面で「苗字の漢字はどう書きますか?」なんて尋ねられた日には、日本人の心の鎧はボロボロはずれてしまうだろう。アブディン、恐るべし。

結局彼は鍼灸師の道を選ばず、東京外語大の日本課程に合格し、現在は大学院で「総合国際学」を専攻、母国スーダンの紛争問題と平和構築の研究を行っている。この間にスーダンは民主化の道を歩み始め、敬虔なイスラム教徒であるアブディンは、その規律の中での最大の自由を謳歌したうえで、とても素敵な妻をスーダンから迎えた。今はふたりの子どももいる。

波乱万丈に始まった、とはいえ、安全が確保された日本での生活は、盲目のアブディンにとって暮らしやすいものだったのだろう。生きていくうえでの賢さは、民族も人種も関係ない。人から愛されることが出来る人は最強だ。

そしてもうひとつ、彼がラッキーだったのは、高野秀行と出会ったことだ。『謎の独立国家ソマリランド』が好調な辺境作家の高野のもう一つの特技は、なんだか面白い人を探してくることだ。『困ってるひと』の大野更紗をプロデュースして大成功の次に着手したのが、アブディンに原稿を書かせることだった。ときどき自分のブログで、アブディンに手を焼いている様子を愚痴っていたが、やはり高野の嗅覚は鋭かった。

19歳の紅顔ならぬ黒顔の美少年だったアブディンも、いまや「デブディン」とか「ハゲディン」と呼ばれるような立派なオヤジになった。彼の感じている日本や世界の状況は、見えないだけに鋭く、日本人には思いがけないものでもある。

彼は今日も音声読み上げソフトを使ってパソコンで原稿を書く。まずは博士論文を完成させることが急務である。

謎の独立国家ソマリランド

作者:高野 秀行
出版社:本の雑誌社
発売日:2013-02-19
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絶賛の嵐の本書。いち早くHONZで取り上げた仲野徹のレビューと冒険家・角幡唯介のレビュー

ルポ 資源大陸アフリカ 暴力が結ぶ貧困と繁栄 (朝日文庫)

作者:白戸 圭一
出版社:朝日新聞出版
発売日:2012-02-07
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スーダンを筆頭にアフリカの地下資源の利権に関わる暴力を取材した、渾身のルポルタージュ。解説は成毛眞が書いています

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!