採点:★★★★☆
特許、知財に興味がある人はもちろん、「イノベーション」に関心がある人にもおススメ。
『「世界特許」実現へ戦略を』というタイトルで、10月29日(金)の日経の経済教室でも取り上げられているが、「資源のない日本が世界で戦うには、知的財産を有効活用しなければならない!」という文脈は何度も聞いたことがある。
しかし、「そもそも特許って必要?」「特許によるインセンティブがイノベーションを促進してるって本当?」という問いはあまりなされていなかったのではないだろうか。本書はその問いに経済学的視点から考える一冊。
「事実に基づいて論理的に考える」トレーニングにもってこい。
〈反〉知的独占 ―特許と著作権の経済学 (2010/10/22) ミケーレ・ボルドリンデイヴィッド・K・レヴァイン |
■あらすじ
イギリスを世界の覇者たらしめた産業革命の起点ともいえる蒸気機関を”発明”したジェームズ・ワットの「意外な」一面から本書はスタートする。1768年に特許を取ったワットは実業家の支援を利用して議会に働きかけ、1800年まで特許を延長することに成功する。1790年代にワットのものよりも優れたホーンブロワーの蒸気機関の生産が開始された際には、全力で阻止に走った。その甲斐あって(?)、ワットの特許期間中には蒸気機関出力は750馬力/年での増加に留まったが、特許期間が終わってからの30年間は4000馬力/年以上増加している。「特許はイノベーションを阻害するのでは?」という問いに様々な事例を出しながら分析して行く。ワットの例が特殊でも、例外でもないことが、ソフトウェア産業、著作権問題、医薬品業界等の例をみることで明らかになる。
■感想
予断を排して、事実を基に理論を構築して行くという作業を著者と追体験している感じがして、非常に面白かった。400ページ弱の分厚い本ではあるが、ときに「うんうん」と頷きながら、ときに「そういう論理展開があったか!」と驚きながら、ときに「それは違うんじゃないの?」と突っ込みながら、独り言をぶつぶついいながら読んでしまう一冊。知的財産権は必要ない、という結論はかなりの批判を読んだようだが(アメリカのアマゾンのレビューは評価が低い)、知的財産権強化派はきっちりと本書に反駁する必要がある。
「著作権がなければ誰も苦労してイノベーションを追い求めないのでは?」という問いにも様々な視点から思考をめぐらせている。著者の主張は明快である。著作権がなくともその発明者は発明の対価を十分に受け取ることが可能であるし、一度著作権を得たものはレントシーキングに全力を注ぐので、更なるイノベーションの障害にすらなり得る。色々な事例が挙げられていたが、著作権延長を繰り返す大企業の幹部たちに関する以下の例えが一番ピンときた。
あなたが巨大メディア企業で、大昔にいまは亡き偉大な芸術家が生みだした、莫大な利益を生むキャラクターか歌か映画の著作権を有していたと仮定してみよう。その作品は何十年間も莫大な印税をもたらしてきて、そのギフトの存在は当たり前になってしまった。だが著作権が切れてしまえば資金の流れは止まり-幹部たちは、企業が有能で利益を出しており、自分たちは創造性に富んだプロで、株主たちが認めなれたスーパースター給の給料やボーナスを手にする価値があるというふりをするのは困難になる。著作権が切れてしまえばこういったスーパースター幹部も、新しい音楽、映画、漫画キャラクターを生み出そうと、仕事なんかをしなくてはならないかもしれない。
「レントの守り方」に関しては相当なイノベーションを生み出したかも知れないけど・・・
レントシーキングを批判することは簡単だが、そのレントを解体して社会全体の利益を増幅する仕組みを構築することは非常に困難である。著者も終章で、最も知的財産権が重要であると考えられる医薬業界の「知的財産権の無い世界のあり方」を提唱しているが、実現は不可能なように思える。確かに、著者の提案どおりの制度設計になれば先詰まりに思える医薬業界でもまだまだイノベーションが起こって、社会全体の利益は増大するかもしれないが、現在の医薬大手企業の利益は増大しないだろう。レントを持っている人が自分のレントを減らす提案に賛同するとは思えない。論理の構築能力を売り物としている(はずの)弁護士でさえ、自らのレントを守るためにその武器をかなぐり捨てるのだ。※参考:Chikirinの日記
著者の1人レヴァインはゲーム理論の専門家なので、当然この辺りは熟考しているのだろうが、本書ではその全貌は分からない。「レントを解体するための戦略」は、世代間格差が叫ばれる日本にも大いに役立つはずだ。