日本の大企業の大半は数名の偉人によって起業されている。三菱の岩崎弥太郎、三井の益田孝、金融界の安田善次郎、そして日本資本主義の父と言われる渋沢栄一などである。例えば渋沢栄一が関係した主な会社は、みずほ銀行、東京ガス、東京海上、JR東日本、日本郵船、帝国ホテル、アサヒビール、日経新聞など誰もが知っている日本の大企業だ。ちなみに渋沢の活動は実業界にとどまらない。医療関係では、東京慈恵会、聖路加国際病院、日本赤十字。教育関係では、一橋大学、日本女子大学などに関わっている。一ヶ月に会社を一つ、公益事業を一つは起業していた計算だ。あのドラッカーも「私自身は長年、渋沢栄一を好ましく思ってきた」等と渋沢をべた褒めしている。
そんな偉人・渋沢栄一は、若い頃にヨーロッパへ旅に出かけ、二年近くにわたりパリで見聞を広めている。渋沢栄一はこの二年間の海外生活で何を見聞きし、何を学んだのか、偉人・渋沢栄一の誕生の秘密をさぐるのが本書だ。渋沢は、二年間の滞在中にスエズ運河、パリの上下水道、織物工場、鉄道、郵船などを見て回るのだが、彼がいつも気になるのは「誰が」「どのように金を集めて」事業を実現していくか。この問いかけが「官ではなく民が、社債を発行して資金を集め、大規模公益事業を実現する」という彼の手法に行き着くのである。
渋沢の真面目な部分だけでなく、人間味溢れる一面も本書から垣間見ることができる。例えば、渋沢がヨーロッパにいる間に妻に送った手紙を見てみると、「会える日までは、よくよく貞操お守りなされたく頼み入り候」と当時の武士の夫婦間ではあまりないやりとりが書かれている。滞在先のフランス人に茶化されている若き日の渋沢が容易に想像できる。女性関係が派手であった渋沢らしくない一面だ。又、父親とのやりとりもある。一緒にフランスに滞在する公子のために父親に資金援助を求める手紙に対し、農家を営む父親の返事は「家をも田畑をも売代なしで成るべき限りあまた黄金送るべし」と泣かせる内容だ。よく人の子のためにそこまで出来るものだ。私心がない親を持つから、私心のない男に育ったのだろう。
それにしても『特別全権米欧回覧実記』といい本書といい、NPO法人 米欧回覧の会(http://utun.jp/T_p/)は楽しそうだ。