もっとも好きだったエッセイスト、米原万里さんが亡くなってから、もう5年になる。同時通訳者にして作家であり、駄洒落やジョークでロシアを身近に感じさせてくれたものだった。『ジョークで読むロシア』はその米原万里さんが経済の専門家になったような錯覚を覚えるような本だ。本書から、プーチンが大統領に就任した2000年に流行ったジョークを引用してみよう。
プーチンが首相に聞く
「危機から脱出する方法を二つ思いついた。一つ目は、火星人が来てロシア人を助けてくれるのを待つこと。二つ目はなんとかして自力で危機から立ち直ること」
すると首相はこう答えた。
「大統領、二つ目の方法は非現実的だから検討するべきではありません」
じつはこのジョークは現実になった。原油価格が暴騰し、火星人の役を果たしたのである。それから8年後、今後はリーマンショックがロシアを直撃する。このときロシアには余剰資金という蓄えができていた。蓄えができていた理由がじつに面白い。政府は余剰資金ができるとは予測していなかったし、運用法もわからなかったので、損をしなかったのだというのだ。
このようにロシア版のジョークであるアクネドートを交えながら、経済・政治・生活・未来を経済学者の目で語っていくのである。もちろん米原万里を彷彿とさせるような、楽しい飲食の話題にも抜かりはない。南船橋のイケアのカフェは、モスクワで食べる「ロシア人にとっての洋食」にそっくりなのだそうだ。それもそのはず、本書で写真を拝見しただけなのだが、著者はモスクワ生まれの金髪美女である。
気になるのは最終章のスコルコボ計画だ。インドのタタ、グーグルのシュミット、シスコのチェンバースなども名を連ねている学術都市計画である。日本企業の名前はない。中国という極彩色の油絵の背景になってしまった感のあるロシアにこそフロンティアがあるのかもしれない。