関野吉晴のグレートジャーニーについては説明するまでもないだろう。1993年から2002年にかけて行った、人類が地球上を移動した足跡を追いかけた壮大な冒険である。彼はその冒険を行うにあたり「自分の脚力と腕力だけで進む」というルールを決めた。その壮大な全貌は、現在、国立科学博物館で「グレートジャーニー人類の旅」として6月9日まで特別展が開催されている。
2002年に“人類の旅”をひとまず終えた関野が次に目指したものは、日本列島に人類はどうのようにやって来たのか、をたどる旅だった。そのルートは大きく分けて3つあると考えられた。
1.〈北方ルート〉ユーラシア大陸をヒマラヤの北部に進み、シベリアからサハリンを経由して北海道に至った。
2.〈南方ルート〉東南アジアから中国の海岸沿いに陸地を北上し、朝鮮半島を経由して日本列島に渡った。
3.〈海上ルート〉東南アジアから、黒潮に乗って島づたいに、日本列島にたどり着いた。
この3つ目の海上ルートを、関野が教授として勤めている武蔵野美術大学の学生と一緒に成功させた記録が本書になる。先に『海のグレートジャーニー』という写真集が発売されているが、本書は若者たちがこの冒険にどう関わっていったかを詳しく語った本である。
北方、南方ルートの探査を終えた関野は、2007年11月、大学の教室で「黒潮カヌープロジェクト」の参加を呼び掛けた。
彼は今まで、グレートジャーニーに参加させてほしい、という若者を何人も断ってきた。それは、若いうちの旅はひとりのほうが数多く気付きがある、と思っていたためだ。今でもそう信じていると言う。しかし「海上ルート」は若者に呼びかけようとした。なぜか。
それはものづくりの大学である武蔵野美術大学でも、自らが自然から採ってきた素材を使って、ものを作るという経験をしていないからだった。海を渡ってくる舟も、それを作る道具もなにもかも太古のやり方を踏襲した、現代人が忘れてしまった大切な何かを感じられるだろうこの旅を、関野が独り占めしてしまうのは、もったいないと思ったのだ。
集まってきた若者は約200人。まずは、木を切り倒したり舟を建造するための鉄を作るところから始まった。日本には古くから、砂鉄から鉄を作る「たたら製鉄」が現存している。5キロの鉄器を作るために必要な砂鉄は約120キロ。100人ほどが九十九里浜に集結し3日がかりで集めた。そのままでは刃物にならないため、木炭と一緒に焼いて還元しなくてはならない。炭焼きのプロに倣って赤松の炭を作り、ふいごを手作りし、武蔵美の金属工房で二日間かけてたたら製鉄を行った。二人一組で常にふいごを踏み続けた時間は、まるでお祭りのようであったらしい。
さすがに「鉄の塊」から刃物を作る技術はない。刀鍛冶や野鍛冶の力を借りて、オノ、ナタ、ノミ、チョウナを作ってもらう。
航海中に食べるものも手作りした。美大の中に実験農場を作り、保存法や加工法を日本各地の老人たちから教わった。
航海には縄が大量に必要になる。それも自然の素材から綯(な)う。
インドネシアのスラウェシ島が出発点。この島は「船の博物館」と呼ばれるほど船の種類が多い。今でも木造船を使っているマンダールという種族の人たちの力を借りて、大木を切り倒し、船を刳りぬいていく。日本の青年も参加し、いつの間にか言葉も上達した。彼らの風習の中に身を置き、常識を覆されることもままあった。日本人の生真面目さが裏目に出て、排斥される経験もした。
2009年4月13日、「縄文号」と名付けられたアウトリガーの舟は出航した。目的地は石垣島、4700キロの旅になる。狭い船に10人もの男が暮らしているのだ。すべてが上手くいくはずがない。特に一番若い25歳の日本人青年の語る言葉は重い。2011年6月、無事に到着するまでの話は、本書で楽しんでほしい。
この間に東日本大震災があった。医師でもある関野は医療支援にも赴いている。大手広告代理店とマスコミが作り上げただろう「絆」に違和感を覚えていた関野だったが、土地に残る「結(ゆい)」について考える。それは一緒に航海したマンダールの人たちとの関係も考えさせられるものである。
本書にも多くの写真が使われているが、子供向けに作られたこの写真集とともに読むと、興味は倍増される。
また、この冒険は映画にもなった。公開は残念ながら3月末で終了したが、4月22日にはDVDも発売される。国立科学博物館で、関野吉晴の旅を追体験し、それはどのように成し遂げられたものだったかを本と映画で確認してほしい。ゴールデンウィーク、家族で観るにはぴったりの企画である。
[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=TH8ELy9OtoE[/youtube]
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北方ルートの記録。
HONZ的に「0から物を作る」と言ったらこれ。