インターネット。とても身近な単語だが漠然としており、具体的に何を指しているのかはよく分からない。テクノロジー雑誌『Wired』の記者である著者でさえも、とある事件が起こる前まではその単語が何を差すのかを正確に把握できていなかったほどである。
「お宅のインターネットが接続できなくなったのは、リスが裏庭にあるケーブルをかじってしまったからです」、修理員にそう告げられた著者は愕然とする。地球上のどことでも瞬時に繋がれる人類史上もっとも強力な情報ネットワークが、リスの出っ歯でかじられただけで不調になってしまったのである。一般人にとっては「あー、そうですか。じゃあ直しておいて下さい」で終わる話であるが、テクノロジー雑誌記者の取材根性スイッチを入れるには十分であった。
早速彼は、自宅の裏庭のケーブルが繋がっている先を自分の目で確かめるため、世界中を飛び回ることを決意する。あるときはアメリカの片田舎にあるFacebookのデータセンターを、あるときはフランクフルト・ロンドン・アムステルダムといった巨大インターネット相互接続点を、そしてとある時にはロンドンから続く1万4000kmもの海底ケーブルの終着点である南アフリカのケーブル上陸地点を訪れていく。
本書はインターネットの物理インフラを巡るルポタージュであり、読者をインターネットの実体へと招待する希有な一冊である。「クラウド」や「無線」という単語を日頃使っていると、あたかもインターネットは実体のない仮想空間のような錯覚に陥るが、本書を読むと実際はケーブルの集合体であることが良く分かる。東京からアメリカの友人に送るE-mailは、無線でピュンと相手まで送られるのではなく、太平洋に沈む海底ケーブルを辿ってアメリカ大陸に送られていくのである。インターネットは形ある実体なのだ。
著者が取材する場所はどれも現代社会にとって重要な場所である。よくここまでインターネットの実体を赤裸々に書けるな、と思いながら読み進めていくと、やっぱり書いてあった。著者が現場視察やインタビューをしていく中で、「セキュリティー上、この場所の存在を開示するのは問題」と疑問を呈されている場面だ。2007年に逮捕されたアルカイダ集団はテロの標的としてロンドンのインターネット相互接続点を狙っていたほどである。本書にて紹介されている場所は現代社会にとってかけがいのない秘境なのだ。
紹介されている秘境の中で一番興味深いのは、インターネット相互接続点だろう。数えきれない程のデータが接続される場所であり、ここで各データはどこにいくべきかを振り分けられる。言うならば、コンテナが積み上げられる大きな港のような場所であり、人体でいう心臓部分だ。そこの中心部には何が存在するのか。著者はそのブラックボックス化されていたインターネットの中心部を見たとたん、はっと息を呑む。著者が目にしたものとは何だったのか、本書を読んでからのお楽しみである。