エルメスといえば女性の誰もが憧れるブランドのひとつだろう。バーキンやケリーといったバッグは100万をゆうに超える代物だが、人気がありすぎて、購入するのに何年待ちというのがザラだという。そんなことが実際にありうるのか?と思ったら、「職人の手仕事による限られた量の家業ビジネス」をいまだに貫いているとのことなので、さもありなんと思った次第である。
エルメスは創業以来ファミリービジネスを展開している。ヨーロッパのブランドの多くはファミリービジネスを受け継いできた。それが80年代後半からLVMHやPPRといった大資本による買収合戦がおこり、大企業グループによる支配が広がっていった。それによりブランドというものは「最高品質の製品を作ること」から、「最大の利益を上げること」に移り変わっていったのだ。
しかしエルメスは現在に至るまで独立を保っている。ラグジュアリーブランドの中では数少ない「最大の利益を上げること」ではなく、「最高品質の製品を作ること」を守っている企業なのである。
このように他のブランドとは一線を画し、世界最高峰のブランドと呼ばれるエルメスの本社に、副社長を務める日本人がいる。齋藤峰明氏である。その彼がエルメスの哲学と、エルメスの副社長になるまでの経緯。また自らの体験談を語った本がこの『エスプリ思考』である。これがすこぶるおもしろい。
特に第一章の「エルメスで働く」で語られていることには、たくさんの刺激を受けた。なかでもエルメスの先代社長であるデュマ氏の言葉がとても心に響くのだ。デュマ氏の言葉を中心に、エルメスという会社のことをみていこう。
「ものを作って売るだけではなく、社会との接点を持って役割を果たしていく社会的集団がエルメスという企業なのです」「会社というより、“人の集団”なのです。世の中で活動しているひとりひとりの集まりがこの企業といえます。」
このように、エルメスは単に高級な商品を作って売っている企業ではない。エルメスの文化や思想というものを伝えることを重視している企業である。「エルメスは、最高のものを提供して、お客様の生活を豊かにすることを大切にしてきました」とは斎藤氏が話の中で何度も口にした言葉だ。
エルメスの価値観からいえば、提供しているのはものではなく、目に見えないエスプリのようなものだ。とも言っている。エルメスの考え方が他のブランドとは全く違うことが、上記の発言からも感じられるだろう。
「いいものしか出してはいけない。悪いものを出して、もし売れてしまったらどうするのか。取り返しがつかないことになる」
これもデュマ氏の発言である。利益ありきで物事を考えると、売れるものはいいものだ。という思考になりかねない。しかし、長期的な視点でみたときは、それが大きな傷として残る。それは絶対にやってはいけないことなのだとわかる。
「成長することを恐れ、成長しないことを恐れ、または、あまりに成長しすぎて始末に負えなくなることを恐れる」
エルメスはライセンスビジネスには手を出していない。80年代から多くのブランドがライセンスビジネスに手を出し、ブランドの価値を落としてきた。ブランドにとって適正な規模でいつづけることは難しい。会社のあり方や、個人の仕事との関わり方も同様だ。
「大きくなってもいいが、太ってはいけない」ともデュマ氏は言っている。大きくなっても無駄な贅肉ばかりが増えたのでは何の意味もない。量より質、こういった価値観は今の時代に必要とされている考え方だろう。
今回はデュマ氏の発言を中心に1章の部分だけを紹介した。ブランドというものを考える上では、この本は大いに役に立つことだろう。また21世紀型の消費を考える上では4章や5章が大いに参考になる。21世紀型の消費が広がってもエルメスの地位は安泰であるということはこの本を読んで確信した。
またこれからの時代に生き残っていく企業のあり方というものもみえてくる。21世紀型の消費を牽引するのは日本である。この本を読んでそのことを皆さんにもぜひ感じて貰いたい。
エルメスには社史というものが文章として残されていないそうだ。しかしエルメスの歴史をエルメスの全面協力を得て書いた本が日本にある。しかもそれが漫画だというから驚きだ。この本はエスプリ思考を読んで自分も購入した。