日記と言えば、、、これも
吉村昭の名著『戦艦武蔵』の執筆に際しての取材過程をつづった日記である。本書を読んだのは、大学院を出て、現在、勤務している業界紙に就職したばかりのころだったと思う。実は『戦艦武蔵』は未読だった。取材というものがよくわからず、いろいろな人の取材談を読みあさっていた時期だ。
吉村昭と言えば、徹底的に対象に迫ることで有名だ。江戸時代の話を書くのに、その日の天気まで調べるという話は広く知られるが、本書でも緻密な取材姿勢を貫いている。
当時の吉村は、勤めていた会社を辞めたものの、作家としての仕事はほとんどない。金銭的な問題に加え、売れない自分と対照的に、妻である津村節子が芥川賞を受賞するなど精神的な重圧も日に日にのしかかってくる様子が、日記の端々からもうかがい知ることができる。
だが、吉村は決して自分のスタイルを曲げない。友人の助言により、武蔵を題材に小説を書こうと、調べ始めたものの、作品として書けるか見えぬ状況が続く。だが、関係者に取材を申し込み、身銭を切り、全国どこでも飛んで、片っ端から話を聞き続ける。成果が無い日も多いが、その行為をひたすら続ける。形になるかもわからぬ中、すさまじい精神力である。
また、取材においては、ささいな点でも疑問の余地を残さない。わからなければ別の関係者を捜し出して聞く。これは私が取材者の経験を積んで初めてわかったことだが、意外に難しい。小さな疑問を全部詰めていたら、きりがないのである。だから、よほどこだわりがあるものを除き、全体像がつかめたら期日を決めて取材を切る。まあ、そういった取材のアウトプットはその程度のものとも言えるが。
結局、吉村はどんなときでも自分自身を裏切らなかったのだ。果たして私は自分を裏切っていないのか。この文章を書きながら考えてしまった。