ガウディー、サグラダ・ファミリア教会、サッカーのバルサ……。「それってみんなスペインのものじゃないの」と思った人や、ヨーロッパ観光旅行でバルセロナを訪れただけなのに「スペインを旅行した」と思い込んでいる人は要注意。それは100パーセント正確な認識とは言えないようなのだ。
スペインであって、スペインでない(かもしれない)独自の文化が花開く「奇跡の土地」カタルーニャ。本書はそんなカタルーニャの魅力がぎっしり詰まった一冊だ。
のっけから急に「カタルーニャ」と言われてもピンと来ない日本人が殆どだろうが、当のカタルーニャ人たちは、
「スペインは闘牛にフラメンコだけじゃない!そもそも、オレ達をスペイン人と一緒にするな!」
と苦々しく思っているようだ。
カタルーニャ自治州はイベリア半島の北東に位置する逆三角形の地域である。スペインの面積の約6.3%を占め、岩手県2つ分より少し大きい。多民族国家が珍しくないヨーロッパにあって、カタルーニャもまたスペインやフランスという国家の中に分断されて押し込められている「民族」の一つなのだ。
カタルーニャの中心都市は何と言ってもバルセロナ。そして、ガウディーのサグラダ・ファミリア教会なくしてバルセロナはあり得ない。
天才アントニ・ガウディーは1852年、カタルーニャの地方都市レウスで生まれた江戸時代人だ。銅製品職人の父親の息子に生まれたガウディーは強運の持ち主だった。初等教育を終える頃に地元に中等学校ができ、中等学校を修了する頃にはバルセロナに建築学校ができる。両親が教育熱心だったことも手伝って、初等教育を終えると働きに出るのが普通であった時代に、アントニは中等教育どころか大学への進学を果たす。
もう一つの幸運は、建築学校卒業後に一時期働いていた事務所の経営者ジュアン・マルトゥレイに認められ、後にサグラダ・ファミリア教会の二代目の設計者に推挙されたことである。ここでも建築学校時代のアルバイト下積み時代の人脈が活きている。
いつしか著名建築家となったガウディー。最初のうちは贅沢三昧で傲慢な言動が見られたものの、1893年、長い間停滞していたサグラダ・ファミリア教会の設計が本格化すると共に彼の中に変化が現れ、やがて「神の建築家」と呼ばれるに相応しい、教会建築一色の禁欲的な生活を送りはじめる。極度の粗食、乞食と見まがうばかりの服装で建築現場に寝泊りし、毎日、旧市街の教会のミサに通うようになる。
1926年6月7日。いつものように仕事を終えミサへ向かう途中であったガウディーは、路面電車にはねられる。そのあまりにみすぼらしい身なりから、周りはそれが著名な建築家ガウディーだとは気づかず貧民層の病院に担ぎ込まれる。ガウディーが戻ってこないことを不審に思った友人たちが探し回った結果、発見されたのは夜半過ぎ。それから個室に移されるも、3日後にガウディーは息を引き取る。もうすぐ74歳になろうとするところだった。
「自分の葬儀は質素に」との遺言にもかかわらず偉大な建築家の死を悼む人は多く、病院を出発した葬列の先頭が2キロ近く離れたバルセロナ大聖堂に達したときにも最後尾はまだ病院の辺りにあったという。
世界最高のチェリスト、パウ・カザルスもカタルーニャ人である。カザルスは協会付きオルガン奏者であった父の影響で早くから音楽活動を始めた。彼が初めて弾いたチェロは、父親がヒョウタンに弦を張って作ってくれたものだった。
カザルスは政治的な関心が非常に高かった。その根底にあったのはカタルーニャへの愛情と、徹底した平和主義だった。1971年10月24日、パウ・カザルスは国連総会に招かれ、英語で祖国の窮状を訴える。当時、カタルーニャがフランコ独裁政治に苦しめられていることは誰もが知っていたので、このカザルスの、直接政権を攻撃するのではなく、平和を愛する姿勢を強調したスピーチは深い感動を呼び起こした。
この後カザルスは、カタルーニャ民謡『鳥の歌』の演奏に移る。英語の説明中の「小鳥たちは空でピース、ピースと歌うのです」という箇所で、the spaceと言うべきところを思わずl’espaiとカタルーニャ語で言ってしまい、あわてて訂正する様子がかえって皆の共感を誘った。そして哀愁を帯びたチェロの独奏。これを機に、このカタルーニャ民謡は世界中で一層幅広く知られることとなった。
カタルーニャはまた、まさに「知る人ぞ知る」優れたクラシック音楽家を輩出している。スペインの国民学派を代表するアンリック・グラナドスの代表作『ゴイェカス』は、グラナドスが愛してやまない画家ゴヤが描いたスペイン庶民の生活を題材にした組曲。天才イサアク・アルベニスの代表作『イベリア組曲』は、20世紀を代表するカタルーニャ出身ピアニスト、アリシア・デ・ラローチャの手による至高の名盤で味わいたい。切れ味鋭い技巧に美しく精緻な不協和音、エキゾチックで血が沸き立つような音楽、これぞカタルーニャだ!
本書にはその他、このレビューでは語りつくせないカタルーニャの魅力がぎっしり詰まっている。ジョージ・オーウェルの名作『カタロニア賛歌』のモチーフとなったスペイン内戦をはじめとするカタルーニャ民主化の歴史、巨匠ジュアン・ミローにサルバドー・ダリーの数奇な生涯、カタルーニャの闘魂「バルサ」や「バルセロナ・オリンピック」に隠されたスポーツ史、食文化ではパエリャにチュッパチャップスもカタルーニャ出身、人間の塔「カスティス」にトマト祭りもカタルーニャの民俗芸能だ。
キラ星のごとく居並ぶカタルーニャ出身著名人の破天荒な生涯、豊かな自然に育まれた文化、民俗・風土の香り立つ高揚感。この一冊を手にした途端、もうカタルーニャと無縁ではいられなくなること請け合いだ。
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数多くの世界トップレベルのスター選手を擁する人気2チームの確執の裏に隠された、スペインの歴史秘話に迫る。
ガウディについて、もっと読みたい方にはこの一冊。
カタルーニャにハマッてしまった方は、こちらで通史を一気読み。