突如として起こる、システムを崩壊させる極端な出来事。著者はこれを「Xイベント」と呼ぶ。そして世界が複雑化すればするほど、予測不能なXイベントは起こりやすくなる。すなわち、現在、人類はXイベントに対して極めて脆弱な状態にあるというのだ。
ハリケーン・カトリーナの被害、9.11テロ、サブプライム住宅ローン危機、2003年の東海岸大停電などが、著者が挙げるXイベントの例である。現代は、「ひとつのシステムが別のシステムの上に築かれ、そのシステムはまた別のシステムの上に築かれていて、あらゆるものが、他のあらゆるものにつながっている」状態にある。電力、水、食料、通信、輸送、医療、防衛、金融までもが密接につながり、そのどこかで、Xイベントが起これば、影響は他のシステムを深刻な事態に巻き込むことになり、下手をすると、すべてのシステム、すなわち人間の文明自体の崩壊にまで至る可能性があるという。
そして、こういったXイベントは、2つ以上のシステムの複雑性のギャップの拡大によって生まれるという。その背後には、必要複雑性の法則、すなわちシステムを完全に制御するためには、制御する側の複雑性が、制御されるシステムの複雑性と、少なくとも同等の大きさでなければならないという法則が働いているというのである。
例えばアラブの春。インターネットやソーシャルメディアによって国民の複雑性は一気に増したが、一方の制御する側の政府には縁故資本主義に基づく、硬直化し、腐敗した「単純な」システムが温存されていた。そして、ごくごく単純に言えば、両者のギャップは制御な不能なほど大きくなり、Xイベントとして騒乱が発生し、チュニジアなど一部の国では政権が打倒された、と解釈できるのだ。その際、「単純な」政府が、デモの鎮圧や指導者の投獄、殺害とともに、twitterやFacebookへのアクセスを遮断(エジプトではインターネット、携帯電話など通信そのものを完全に遮断)したことも、民衆を制御するために彼らの複雑性を取り除こうとした行為と見ることができるわけだ。
また、大きな変化の瀬戸際にあるシステムには、不均衡と偏りが予兆として見られるという。例えば、現在のアメリカの所得分布は富裕層と貧困層とに極端に偏っており、中間層が激減している。著者によればこれも、Xイベントのシグナルであり、前述の「必要複雑性の法則」で言えば、選択肢が多様で複雑性の高いライフスタイルの富裕層と、ライフスタイルの選択肢がほとんどない貧困層とのギャップは、「間違いなく縮小される必要がある」と著者は言う。そして、富裕層が自主的にそれをするとも、また政府の再分配が機能するとも考えにくい現状では、何らかのXイベントが発生する可能性が高い、というのだ。
本書は3部構成となっており、もっともボリュームが大きい第2部では、今後起こりうるXイベントがこれでもか、とばかりに記される。インターネットの停止、世界金融市場の崩壊、パンデミック、テロ、核攻撃、食糧難、遺伝子改変、強力な電磁パルスによるあらゆる電子機器の破壊、ナノテクノロジーで自己複製機能を持つナノボットが地球を埋め尽くす、コンピュータが覚醒して人間を凌駕する、などなど……。実際にありそうでぞっとするものから、ほとんどありえないものまで網羅しているのは、著者自身がSFの大ファンであることも影響しているからか。よく知られた情報も多いものの、情報とデータが過剰につぎ込まれた「読みもの」として楽しく(楽しく、というのも変だが……)読める。
ちなみに、日本破綻というXイベントについても触れていて、こんなことを言っている。
“では、どうすればいいのか。確かなことはただ一つ。何をしてはいけないかということだけだ。債務のうえに債務を重ね続けてはいけない。絶対にいけない。借金によってデフレから脱却し、経済を再生させることはできないという生きた実例があるとすれば、それは日本である”
政権交代後の日本の現状をどう考えているのか、著者にぜひ聞いてみたいところである。
最後の第3部は短いものの実に興味深い。ここで著者はまず、ウィスコンシン州の小さな湖で行われた生態系変化をめぐる実験を紹介する。ミジンコを主食とする小型の魚が生態系の頂点にある湖にブラックバス(オオクチバス)を入れるのだ(いいのか、そんなことして!)。すると、そのことによって生態系が構造転換する直前に植物プランクトンの量が極端に変動した。そしてそれこそが、湖において既存の食物連鎖が崩壊するというXイベントが発生するシグナルであることが、ダイナミックシステム論のツールによって証明されたのだ。
これは、本来予想外に生じるXイベントさえも予測可能である、という朗報だ。しかし、その一方でシグナルをキャッチするには大量のデータが用いられたわけで、稀で異例であるがゆえ、Xイベントには、データベースが存在しない、という問題が残るのだ。しかし、それを乗り越えるものとして、さらに著者は「エージェントベース・シミュレーション」を紹介しつつ、著者自身が行っている「中国がアメリカの世界覇権に公然と挑戦した場合のシミュレーション」の結果などにも触れていて興味深い(そしてその結果は、少なくとも私にとってはかなり意外なものだった!)。
取り上げるトピックのひとつひとつで一冊の本が書けそうな、さまざまな理論や大量の事例を一冊のなかにぶちこみ、時に少し高度なレトリックを用いるなどした、決して読みやすいとは言えない本であるが、さまざまなネタがぎっしりと詰まったお得な本とも言える。本書を読みながらググったり、類書を探したりしつつ、楽しめる一冊だ。そして、必要複雑性の法則について知るだけで、世の中の見方はずいぶん変わるかも知れない。
Xイベントって、タレブの「ブラック・スワン」みたいなことじゃない? と思った方も多いだろう。実際私もそう思いながら読み進めたのだが、実はすでに第1章にタレブがちらりと登場し(『ブラック・スワン』刊行直前の2007年3月、タレブとキャスティは来るべき金融危機について議論を交わしたという)、著者は、ブラック・スワンとXイベントはほぼ同義だと明言している。ただし、ランド研究所から複雑系研究の名門、サンタフェ研究所に移った経歴を持つキャスティは、そのXイベントを事前に察知することを可能にし、ブラック・スワンを白い鳩(=特に危険のない、ありふれたもの)にしてしまおう、という目標を持っているのである。
Xイベントにも登場する一冊。レビューはこちら