本書の著者リチャード・クー氏は野村証券のチーフエコノミストである。氏の経済分析については賛否両論だ。たとえば2008年、池田信夫氏は「あらゆる経済学者から小便や大便をかけられても、同じようなバラマキ政策を主張するリチャード・クー氏の脳は、両生類以下なのだろうか。」と罵詈雑言だ。
クー氏はバランスシート不況という概念を持ち出した。資産バブルの崩壊を経験した多数の民間企業が、負債を圧縮しようと、資産売却や設備投資の縮小すすめ、それが更なる資産価格下落や景気を悪化させるというものだ。それに対応するためには政府部門が積極財政を行えというものだった。
これに対して池田氏は「今のようなインフレ状態で彼のいうようなバラマキをやったら、物価上昇率は10%を超えるだろう。」と反論を開始する。しかし、実際には日本はデフレと円高で苦しんでいるわけで、そろそろクー氏の分析を実感的に見直そうという動きで出てきてもおかしくはない。
いっぽうで、日本では経済政策の重鎮にして文化勲章受章者、小宮 隆太郎氏とも論争しているし、この6月7日にはノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンがニューヨークタイムス紙上でクー氏に反論している。ここまでくると、もはやクー氏は世界の碩学が真剣に取り上げる価値のあるトリックスターとしての地位を確立したと言っても良い。
本書はクー氏のもう一つの顔であるプラモデラー+カメラマニアとしての集大成である。第2次世界大戦中にドイツの航空機設計者たちが実際に図面までおこしたが、製造にまではいたらなかった「幻の航空機」をプラモデルで再現したものだ。しかもそのプラモデルを、世界各国の上空まで持って行き、背景とともにフィルムに収めたのである。
航空機モデルの出来栄えもさることながら、デジカメもデジタル技術も一切使わないで、航空ジオラマを見事に構成している。たとえば、世界初のICBMになる可能性のあったEMW A-9の2段目のモデルは香港上空で撮影したようだ。1959年にアメリカはX-15という高高度極超音速実験機を完成させたが、この設計上の母体は1944年に設計された本機であった。じつにスマートな機体でほれぼれする。
ダイムラーベンツの親子爆撃機プロジェクトBの母機なんてのもスゴイ。翼幅54メートルの母機に翼幅22メートルの子機をぶら下げて、目標近くで子機を発進させる計画だったらしい。母機には翼の前後に6発のターボプロップエンジン、子機にはジェット機だ。コックピットと巨大な脚格納ポッドを含めて、9本の筒が前面に突き出ているさまは異様だ。
このような奇妙な航空機については岡部ださく氏が『世界の駄作機』シリーズを出版しているのだが、立体モデルにして実際の空を飛んでいるのは、世界中で本書だけであろう。
著者によれば、本書が対象とする読者は、航空機(ドイツ機)に興味がある人、プラモデルに興味がある人、写真に興味がある人、の3タイプとなっている。しかし、あえて4番目の対象読者を上げておこう。「ナチスドイツのテクノロジー信仰」に興味のある人だ。
敢えて批判を恐れずにいうと、ナチスの信仰対象は「テクノロジー」しかも「SF的な科学技術であり意匠」であったと思う。たとえば、80センチ超巨大列車砲「ドーラ」という兵器があった。これは口径80センチ、砲身29メートルのカノン砲であり、7トンの弾を1時間に4発の発射速度で数10キロ先に叩きこむというものだ。砲を操作する人員は1400人、支援要員は4000人という途方もない大砲だった。