さすがにお題である「中世ヨーロッパの歴史」についてはあまりに広大な分野だ。この分野は文字通り何万冊もの本が出版されているであろう。権力、生活、宗教、科学、文化などあらゆる切り口がある。さすがに自分の浅学さゆえに紹介をためらう。
とはいえ、歴史書ではなくちょっと変わった読み物を求めていると解釈したうえで、あえて『1492』を紹介しておこう。中世の定義は西ローマ帝国の滅亡(476年)から東ローマ帝国の滅亡(1453年)までとしてみると、本書が扱う1492年という年は中世と近世の分け目ということになる。
ところで、地質年代においては6500万年前の恐竜滅亡が中生代と新生代の分け目である。すなわち恐竜が滅び、哺乳類が栄えることになった。その原因は大隕石が中米に落下したからだと思われるのだが、この仮説こそがのちに多くの映画や小説を生み出した。時代の分け目は人々の興味をそそる。
いっぽう本書が取り扱う1492年にはコロンブスが間違って[インド]を発見し、スペインのグラナダが陥落し、ユダヤ人が追放された年だ。つまりヨーロッパ人が新世界をわがものとしながら、異質なイスラムとユダヤ人を排斥した年だというのだ。すなわちアタリは1492年に滅んだのは中国・イスラム世界・アフリカ・アメリカ大陸の独自の文明だとする。それ以降、世界は西洋近代化へと突き進んだというのだ。
しかし、歴史においては隕石衝突のような外部的な力はなく偶然でもないとアタリは考えているようだ。ヨーロッパ社会の発展から必然的に産まれた、しかし結節点となる変化だというのだ。1434年のグーテンベルグの印刷術の発明から本書は始まるのはそのためだ。
それにしてもアタリは欧州復興開発銀行初代総裁なども歴任した経済学者にして、思想家にして、作家にして、指揮者でもある。本書のような思想史に残るような本を年に1冊づつ残している。フランス特有の本物のエリートだ。フランス人が羨ましいことこの上ない。