サンフランシスコ交響楽団、今一番注目を集めているオーケストラだ。
楽団の自主レーベル「SFSメディア」が制作したマーラー交響曲全集は7つのグラミー賞を受賞。世界中から旬なオーケストラを集めるスイス・ルツェルン音楽祭にも近年継続出演。さらに昨年はクラッシック音楽の本場ウィーンにてアメリカのオーケストラとしては異例の四公演を行った(通常は二公演)。今まさに旬の、集客できるオーケストラである。
だがそんなサンフランシスコ交響楽団も、かつては地味でローカルな存在だった。アメリカのオーケストラと言えば「ビッグ・ファイブ」と称されるニューヨーク・フィル、ボストン響、フィラデルフィア管、シカゴ響、クリーブランド管であり、サンフランシスコ交響楽団含むそれ以外の楽団は従来「ビッグ・ファイブ」の影に隠れることが多かった。では、サンフランシスコ交響楽団はどのようにして世界に注目されるオーケストラに成長してきたのだろうか。そんな謎に答えるのが本書である。
著者は、音楽監督によるリーダーシップ、理事会のアート・マネジメント、シリコンバレーとの交流、最新テクノロジーの活用などを切り口にクラシック音楽界の謎に切り込んでおり、オーケストラ関連本にありがちなマニアックな歴史や登場人物の話は少ない。クラシック音楽関係者にしては珍しい本を出してるなと思い、巻末の著者紹介を確認したら納得がいった。銀行で勤務経験のある、MBAホルダーだったのだ。分析が経営視点なのでビジネスマンにも読みやすい本である。
筆者はサンフランシスコ交響楽団の成功要因をいくつも挙げているが、その中でも著者が一番ベタ褒めするのは音楽監督(指揮者)のクリエイティビティ。あまたひしめく一流指揮者たちの中で指揮者ティルソン・トーマスが自身の差別化に使っている武器は、若い頃から偉大な指揮者レナード・バーンスタインと比較され続けてきた彼の技術力ではなく、テクノロジーの活用だったのだ。
多くのオーケストラが手間をかけずにコンサートを録音したものをCDにしていた2000年代初期、ティルソン・トーマスは逆張りの発想で、演奏も録音も徹底的にこだわりぬいたCDを制作している。これ以上はできないという最高のものを作るために彼が活用したのは、当時世に出て浅かったSACDフォーマットとDSD録音。これら最新テクノロジーを駆使したマーラー交響曲のCDは世界中から大反響を呼んだ。
そんなティルソン・トーマスが最近力を入れるのは、クラシック音楽とヴィジュアル・アートとのコラボレーション。オーケストラがクラシック音楽を奏でる最中、映像を用いて空間を演出するのである。Googleが全面バックアップしたYoutube Symphony Orchestraではコンサートホールの内部だけでなくシドニーのオペラハウス外壁にも映像を映し出して話題をさらった。
そんな今まさに旬のサンフランシスコ交響楽団は、今月日本に来日する。実に15年ぶりの来日である。チケットはほぼ完売だが、幸いS席のみまだ空きがあるようだ(2012年11月4日現在)。S席で19,000円であるから、彼らの実力を鑑みるに割安価格。本書とチケットを買って両方楽しめれば、2012年の思い出になるだろう。さぁ、早い者勝ちである。
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グラミー賞を受賞した作品
マーラー?はっ?その人の音楽の何がいいの?という人には村上春樹と小澤征爾の解説を読んでみよう。『小澤征爾さんと、音楽について話をする』