たいそう面白い人物なのだが、日本ではあまり知られていない人物の評伝である。その理由の一つは晩年に創価学会との関係が深くなり、政治家や文化人が敬遠したからだと本書は伝える。たしかに、どんな宗教であれ思想性を持つわけだから、関係の深さによっては思想を変えたと誤解されてもしかたがないだろう。
青山栄次郎とはいわば幼名であり、本名はリヒャルド・クーデンホーフ・カレルギーである。父はオーストリア・ハンガリー二重帝国の伯爵、母は「油屋」という東京の骨董店の娘だ。骨董の目利きで白州正子などに多大なる影響を与えた青山二郎と親戚筋だという話があるがさだかではない。
1953年、カレルギーの著作である『The Totalitarian State against Man』を鳩山一郎が翻訳して出版した。その折「Fraternity」を「友愛」と翻訳したのだ。現在の鳩山首相のスローガンでもある。この時に鳩山一郎は現在の「友愛青年協会」ルーツを設立した。
本書には関係ないが「友愛青年協会」のホームページがじつに興味深い。現在の理事長は鳩山由紀夫であり休職中だ。沿革を覗くとこの団体が中国に対してかなりの比重をおいてきたことが良く判る。アメリカのアの字もない。小沢一郎の600人北京訪問には驚いたが、「友愛青年協会」は50年以上前から中国一辺倒だったのだ。
ところで、カレルギーは日本では「EUの父」と呼ばれる。じっさいヨーロッパ・ユニオンの最初の提唱者である。1922年に汎ヨーロッパ運動を提唱し、やがてそれが各国の首相なども巻き込む大規模なものになってくることは本書に詳しい。これも本書にはないが、じつはこの時期にカレルギーはウィーンのフリーメイソンに加入しており、その後高いレベルにまで至っている。
カレルギーの母親は青山光子であり、ゲランの香水「ミツコ」の間接的ではあるもののモデルである。カレルギーは14才年上でヨーロッパ3大女優の1人と強引に結婚した。光子は彼女が年上でユダヤ人であるがゆえに最後まで認めなかったらしい。
カレルギーはナチスから逃れるたが、この逃避行は映画「カサブランカ」の登場人物ラズロはカレルギーをモデルにしたという説がある。ラズロはアメリカに亡命するくせに真っ白の麻スーツを着ていた。伯爵カレルギーであれば、さもありなんである。
などなど、本書はカレルギーのエピソードが散りばめられているのだが、じつはあまりこの人物についての資料はないらしく、著者はかなり苦労している。そのため、同時代の裏面であるヒトラーについても平行して描くという手法ととった。
ともあれ、気楽に読める評伝でもあり、ヨーロッパの20世紀について復習できる本でもある。著者の視点がいろいろな意味で中立公平であることをもってお勧めする本である。