昨年5月15日に「量刑制度を考える超党派の会」が発足している。会長は加藤紘一、森喜朗が最高顧問。副会長には鳩山由紀夫や亀井静香、古賀誠、中川秀直、浜四津敏子が就任している。本書はその動きに対して阻止せんとして、本ブログでも紹介した『日本の殺人』の著者で、法社会学者の河合幹雄が書き下ろしたものだ。ちなみに著者のお父上は河合隼雄だ。
http://d.hatena.ne.jp/founder/20090612/1244765615
あいかわらずの筆致だ。まずはきちんとした統計を持ち出して現状を客観的に理解しようとする。第1章の殺人事件についての記述は『日本人の殺人』と重複するところもあるのであえて紹介しない。「日本の刑務所」という第2章から興味深い記述を紹介してみよう。
警察が身柄か書類を検察庁に送る、いわゆる送検数は年間220万件もある。このうち起訴されるのは14万件、執行猶予なしの実刑判決がでて刑務所に入るのは3万人だというのだ。そのメカニズムについては本書を読んでほしいのだが、この数字だけでもじつは重要な意味を持つ。
その刑務所への新規入所する3万人だが、半数がリピーターだというのだ。しかも初めて入所する1万5千人の半数は執行猶予中の再犯者だ。つまり完全な初犯は25%しかいないのだ。これらのことから、著者は日本の刑事政策上の基本姿勢は「なるべく入れない、できるだけ早く出す」だと結論する。しかもそれはけっして推測ではなく、法務省も公言している事実なのだ。本書を読むうちにこの政策の合理性に納得してしまう。
日本での刑務所の出戻り率は5割を超えるのだが、これについて著者はもともと更生を見込める人は入所させていないのだという。アメリカでは日本の60倍以上の200万人も刑務所に入っている。欧州でも人口比で日本の4倍もの受刑者がいるというのだ。
じっさいカリフォルニア州は財政逼迫の余波をうけ、15万人の受刑者のうち病気や軽い犯罪の4万人を釈放するらしい。それもそのはずで、日本でも年間1人当たり300万円も経費がかかっているのというのだ。長期刑になると1人1億円以上かかるのだ。
もちろん莫大な経費がかかるから、終身刑をやめて死刑にしろなどという、乱暴で非人道的な議論を著者はしてはいない。現在の無期懲役は事実上の終身刑であるという認識が著者にはあるのだ。しかし、じつにかすかな希望でしかない仮釈放という制度があるからこそ、刑務所の治安は守られ結果的に社会的なコストが低くなっているとみる。
加藤紘一はブログで無期懲役でも10年くらいで仮釈放になると言っているが、実際は平均30年を超えている。しかも、この2007年の数字である平均30年の対象事例は1件でしかなく、このたった一人の仮釈放を除くと仮釈放は行われていない。それでも、仮釈放があるかもしれないから脱獄を起こすこともなく、刑務官も丸腰で対応できているのだといのだ。
2004年まで死刑確定は年間4件程度だったが、2004年以降は年間16件くらいになっている。原因はともかく、終身刑を導入すると最大16人が終身刑になる。それに追加してこれまで無期懲役だった何10人かが終身刑になるであろう。壮年の受刑者であれば、これまで絶えてなかった脱獄を試みるかもしれない。どうせ再度捕まっても終身刑に戻るだけだからだ。いわゆる後期高齢者でムショ慣れしている受刑者にとってはある意味で天国かもしれない、24時間完全看護が無料で提供される日本で唯一の場所なのだ。
ともかく、本書を読むだけでも超党派の政治家諸氏の見識を疑うに充分だ。思いつきで世論なるワイドショーなどのたわごとに迎合していることが明らかだ。悲惨な殺人事件に対する厳罰感情に迎合しつつ、人権派を標榜するための政治ショーだということが分かる。亀井静香のモラトリアムがそうでないことを祈るばかりだ。