本書は非暴力闘争の研究家であるジーンシャープ博士の代表的著作である。初版は1993年に英語とビルマ語で出版された。現在ミャンマー(ビルマ)では民主化が進んでいるが、軍事政権下の2005年時点では本書を所持しているだけでも禁錮7年の刑に処せられた。本書の影響力はアジアに限らない。2000年のユーゴスラビアの青年運動「オトポール!」はミロシェビッチ政権を倒したが、その「オトポール!」は本書を底本に組織化された運動だった。
チュニジアのジャスミン革命からはじまった「アラブの春」運動も本書から非常に強い影響を受けている。いや、むしろ本書がなければ「アラブの春」運動は成功していなかった可能性が高い。「アラブの春」運動ではFacebookやTwitterの有用性が確認されたが、非暴力運動・テーマカラーの設定・主張の英語表記・有効だったデモとピケなど運動の根幹部分については、本書の指導なしでは起こりえなかったのである。本書が「権力に対抗するための教科書」と言われる所以である。
本書は2008年の時点でフランス語やスペイン語はもちろん、エチオピアのアムハラ語、アゼルバイジャンのアゼル語、モルディブのディヴェヒ語など28の言語に翻訳されウェブサイト上で公開されている。つまり、本書は地球規模でのパブリックドメインの著作なのだ。残念ながら日本語に完全翻訳されたサイトは見当たらない。いつ日本語で無料公開されるかもしれないパブリックドメイン著作をあえて出版した筑摩書房の英断には敬意を評したい。本年もっとも優れた出版企画だと思う。
本書は125ページあまりのテキスト全10章と「非暴力行動198の方法」という行動リストで構成されている。
第1章 独裁体制に直面することの現実
第2章 交渉に潜む危険性
第3章 政治的な力は何に由来するか?
第4章 独裁政権にも弱みがある
第5章 力を行使する
第6章 戦略計画の必要性
第7章 戦略を立案する
第8章 政治的抵抗を応用する
第9章 独裁体制を崩壊させる
第10章 永続する民主主義のための基礎作り
本書の付録でもあり、本体でもある「非暴力行動198の方法」からいくつかを抜き出してみよう
#16 ピケを張る
#18 旗や象徴的な色を掲げる
#31 役人に”付きまとう”
#35 ユーモラスな寸劇やいたずらを行う
#57 セックス・ストライキを行う(好戦的な夫にたいして、妻たちがセックスを拒否し続けること)
#69 集団失踪する
#86 預貯金を引き出す
#107 細分ストライキを起こす(職場から一人ずつ去っていく)
#136 偽装的な不服従を行う
#159 断食する
#173 非暴力占拠をする
#194 秘密警察の身分を暴く
現在、独裁体制下にある国は中東などに限らない。中華人民共和国も北朝鮮ももちろん一党独裁下にある。北朝鮮人民はもちろんだが、中国の農民たちなどが民族色でもあり共産党のシンボルカラーでもある「赤」から脱して他のシンボルカラーを使うようになったとき、中国は民主化へと進みはじめるのかもしれない。日本は尖閣問題や経済問題に取り組むだけでなく、中国人民のためにも本書の価値を再認識して利用する必要があるのではないか。そのためにも、われわれ本読みたちがまず手にとって評価するべきであろう。ちなみに本書は中国語簡体字にも翻訳されている。中国国内ではネット上でアクセスすることができるのであろうか。
本書の翻訳者である瀧口範子氏によるシャープ博士インタビューはこちら