傷を乾かすのではなく、湿潤状態にして治療するほうが効果的であるということは、本書を読む前から知っていた。バンドエイドの新製品キズパワーパッドの宣伝文句にあったからだ。すでにゴルフのキャディバックにも何枚か入れてある。幸いまだ使う機会はないのだが、経験者によると今までのものとは劇的に違うらしい。
本書はその理論を編み出し、実践を行っている医師による最新刊だ。めっぽう面白い。本書を読み終わったら周りがやたら明るく見えたほどだ。目から鱗が何枚も落ちたからだ。
著者が最初に消毒について疑問をもったのは、医師になって2年目のことだという。痔の手術で先輩医師から消毒しなくてよいといわれたのだというのだ。乳がんや胃がんの手術の傷は毎日消毒するのに、便で汚染されるはずの痔の傷は消毒もせずに化膿もしていないことに気づく。(じつはボクも昔からそれが不思議でしかたなかった。)その後、形成外科に入局してさらに疑問が深まり、この新しい治療法を見出していくのだ。
そして結果的に、傷は消毒せず、乾燥させなければ、痛まず、速く、キレイに治るということを発見する。すこしオーバーに表現すると、これは人類史上初の、傷の理想的治療法の発見ということになるらしい。当然のことながら既得権益をもつ医学界との戦いが始まる。
すでにこの治療法はすでにかなりの数のクリニックが取り入れ始めているし、パッドなどの製品も販売されている。最近では一般人も納得して治療に取り入れているにも関わらず、医学界は別なのだ。本書では書かれていないが、著者はつい最近の2008年、某国立大学教授から講演会で恫喝され、日本形成外科学会認定医を返上しているほどだ。
しかし、これに立ち向かう著者も勇ましい。本書からすこし抜き書きしてみよう。「古い時代の軟膏、古い時代の治療手技をそのまま引きずっているのが現在の熱傷の標準的治療である」と、ここまでは普通だ。つづいて「これはたとえて言えば、最新式の車に手動式の方向指示器がついていて、車内灯の代わりに提灯がぶら下がり、木炭自動車の木炭用タンクがついているようなものだ」などと揶揄するまでは、まだまだ序の口。
「おまけに学会に行くと、手動式方向指示器を開発して有名になった教授や車内用提灯の発明で学会の理事になった先生や木炭自動車を開発した大学医局の関係者が大勢いるわけだ」と、ケチョンケチョンだ。そして著者は車内用提灯の先生から「俺の提灯を否定するとはどうゆう魂胆だ」と一喝されたと告発する。あーはははは。置物の狸に白衣を着たエライ先生が、小田原チョーチンを持ち、頭から湯気を出しているところを想像してしまったではないか。
当然のことながら、本書でも重要な役割をもつ「皮膚常在菌」を破壊するような化粧品についても散々だ。「(化粧品のユーザーは)業界からすれば、ネギをしょった鴨が鍋に勝手に飛び込み、おまけに自分でコンロに火を点けてくれているようなものだろう」という。この著者は間違いなく化粧品メーカーがスポンサーのテレビ番組には呼ばれないであろう。
もちろん、現在販売されている傷治療軟膏や消毒薬については「治療効果がないばかりか逆に悪化させる薬剤を列記する」として表を作り、薬品名だけでなく商品名まで書き出す始末だ。これでかなりの数の製薬メーカーも一気に敵に回してしまった。とはいえ、どの家庭でも学校でも常備しているような薬品だから怖い。
本書の最終章は医学ではなく生物学をとりあつかう。傳田光洋の『皮膚は考える』を取り上げながら、進化・発生の話題から、「真皮と知覚神経系+独自の知覚をもつ表皮」という皮膚の二重支配系まで話題が及ぶ。短い章だが良くまとめてあって読みごたえがある。難をいえば各胚葉生物の簡易図が欲しかったくらいであろうか。
ちなみに日本以外ではこの治療法はまだあまり普及していないのかもしれない。アメリカのバンドエイドのホームページにはキズパワーパッドに相当する製品が見当たらない。もしかして日本の医学が世界をリードしている数少ない分野なのかもしれない。
ともあれ、本書はやんちゃな子供を持つ親にとっては間違いなく買いである。読んでおいてぜったいに損しない本というのはそれほどあるものではない。本書がそれだ。少なくとも軽い傷であれば、この本に書いてある治療法が正しいと思われるからだ。深い傷であればこのリストにのっているドクターのところが良いかもしれない。