御年80歳の料理評論家による上質なエッセイだ。レオナルドのファンはもちろん、趣味でイタリア料理を作る人や、フィレンツェ旅行者も、この夏休みにじっくりと楽しめるであろう。本書が書かれた契機は25年前に遡る。レオナルド研究の第一人者である裾分一弘から奨められたというのだ。イタリア料理の専門家である著者に対して、レオナルドの食事について調べるようにと言われたらしい。それ以降、著者はアトランティコ手稿のコピーなどを手にいれて研究を続けた。
レオナルドの生い立ちと手稿を紹介する2編のエッセイのあと、3篇目から食の関する記述さがしがはじまる。著者はまず「インディゴ、澱粉、酢」という記述を見つける。これは残念ながら絵の具のレシピだった。「魚の膠、卵の白身」という項目はイミテーションの宝石をつくる手順だった。ついに著者は「ターメリック、ソラマメ、乾燥イチジク、干しブドウ、蜂蜜」という記述を見つけるのだが、これもガラスに塗るための絵の具のレシピだった。
それ以外にも著者は蜂蜜やクルミ油を使った「鳥もち」のレシピを見つける。その上で、「鳥もち」そのものについて、レオナルドも蔵書していたという『プリニウスの博物誌』のなかの記述を紹介する。本書はこのような脱線しながら、他の書物を紹介することが多く、これがじつに面白い。
もちろん、レオナルドは日々の家計簿のごとく金銭支出記録を残していた。食材だけでなく、衣料や葬式費用にいたるまでじつに細かい。購入した食材リストを眺めていると、現在イタリア料理に使われるほとんど全ての食材が揃っていたように見えるのだが、ただ1つ決定的に異なることがある。トマトがないのだ。トマトは大航海時代にはイタリアに伝わっていたのだが、食用になったのは18世紀になってからだ。
ミケランジェロの食生活という章では、文盲の料理女を買い物に行かせるために描いたミケランジェロのスケッチが載っている。ルネサンス時代の料理という章では、メディチ家の饗宴について詳しい。
付録はレオナルドの蔵書の中から生活に関する2冊を選んで紹介している。付録も含め全体として当時のフィレンツェ市民の生活が想像できるように編集されている。使われている図版の選択やトリミングも丁寧だし、カバーのデザインなども申し分ない。編集者のセンスが感じられる本だ。