ピカソの代表作とされる絵画の前に立たされた時に多くの人が持つ疑問、
1.この絵は本当に美しいのか?(どこが上手いのか?)
2.見る者にそう思わせる絵が、どうして偉大な芸術とされるのか?
3.かりに偉大な芸術としても、その絵にどうしてあれほどの高値がつくのか?
さらに
4.ピカソのような絵であれば、誰でも描けるのではないか?
5.そういう絵を偉大とする芸術というものは、どこかおかしいのではないか?
6.そういう芸術にあれほど高値をつける市場も、どこかおかしいのではないか?
に見事に回答してみせる一冊だ。
西洋において絵画が、キリスト教会における布教ツールだった時代、宗教改革を経て美術館収蔵品になった時代、そして印象派を経て投機の対象となった現代への変遷という美術史を概観したうえで、ピカソの人物像に迫る。ピカソの人心掌握術、複雑にして怪奇な女性遍歴、画商との関係。手頃なピカソ評伝として読むこともできる良書だ。
1973年に91歳で亡くなったピカソが手元に残した作品は7万点を超え、住居やシャトー、現金などを加えると遺産の評価額は当時で7500億円を超えていたという。数年後に相続の手続きをするためのリストが完成したときには、作品の価値は画家の死を受けてすでに数倍に跳ね上がっていた。50歳のときに描いた「ヌード、観葉植物と胸像」の2010年の落札額は100億円。これから類推して1973年時点の価値の100倍になっているとすると、現存する全作品の価値は100兆円に迫るということになる。フランス政府がピカソの死の直前に相続税は物納でもよいという通称「ピカソ法」を立法したわけがよくわかる。ピカソの作品が納税のために大量に売られて価値が下がることを防ぎながら、高額の作品を国富として蓄積することを狙ったのであろう。ピカソはそして芸術作品はまさにフランスの宝なのだ。
本書にはニーチェの超人と新時代の芸術家、美術批評家としてのゾラやボードレール、セザンヌと造形主義など、トリビア的な話題も豊富で、ゆったりとしかしサクサクと読み進めることができる。著者は『絵画の読み方』で「名画の謎解き」ブームを引き起こした版画家である。
著者による『絵画の読み方』1999年刊行につづき
中野京子の『怖い絵』2007年
高階秀爾の『 誰も知らない「名画の見方」』2010年
など多数の絵画の意味を読みながら観賞するための本が出版されている。
新井文月による『平山郁夫の真実』のレビューはこちら。