著者は非科学的なものに対して攻撃を続ける物理学者だ。著者のエセ科学やオカルトに対しての攻撃姿勢については大いに感心するが、反論することそのものに夢中になるあまり、自身も突っ込まれることが多い人だ。。
本書は力学と幾何に基づいて、ゴルフのショットについて考察した本という設定だ。おおむね正しいと思うのだが、ところどころ突っ込みを入れたくなる。
本書では前上がり斜面では左を向けという。一般に言われることと正反対である。
著者は理工学部の3年生なら計算できる「回転行列」をつかって計算したという。それによれば、前上がり斜面の傾斜は5度から15度くらいなので、仰角30度でボールを飛ばすことができるクラブで打つと、左方向へは5.6度しか影響がなく無視できるというのだ。5.6度といえば、時計で言えば11時59分4秒のときの長針の角度であり、アマチュアは打ち分けれないというのだ。著者はさらに、前上がり傾斜ではヘッドが最下点に到達する前にインパクトするので、ヘッドは返り切ってないので右向きのままになっているという。したがってプレーヤーは常識とは反対の左を向けというのだ。
じつは、前上がり斜面でボールが左に飛び出す理由は、斜面のジオメトリに起因するのではない。まずは、前上がり傾斜が90度、すなわち絶壁を想定してみよう。プレーヤーはロープにぶら下がって真横に寝たようにしてボールを打つことになる。ここでロフト角50度の一般的なアプローチアイアンを構えると、クラブのフェースは当然左に50度向いていることになる。この場合、プレーヤーの腕が良ければ良いほど、ボールは正確に左50度に飛ぶのである。もし、ロフト角が0度のクラブであれば、前上がり90度の傾斜でもボールは左に打ち出されることはない。
5.6度の角度によるボールの落下点については「回転行列」など持ち出さなくてもよい。三角関数表を見るだけだ。6度のtanは約0.1だから、アプローチを使う100ヤードの寄せでは10ヤードほど目標より左に落下することになる。たとえ正確に10ヤードを打ち分けれないとしても、カップから10ヤードほど右を狙ったほうがスコアは良くなるはずだ。
著者は前上がり傾斜ではヘッドが最下点に達する前にインパクトするというのだが、それでは前上がり傾斜ではみんなトップしてしまうことになる。しかし実際には多くのプレーヤーはむしろダフリを恐れて、クラブを短く持つ。クラブを最下点でボールに当てようとするのだ。しかし、クラブを短く持つということは、ヘッドは斜面に対してアップライトになる可能性があり、さらに前上がりの角度が深くなるため、ボールはさらに左に打ち出されることになる。
著者はまたパットにおいて下りは上りよりもカップから外れにくいという。つまり下りのほうが易しいというのだ。その理由は下りにおいて重力の影響は小さいからだというのだ。ご丁寧にもF=mgsinθという式まで持ち出してきている。
しかし、パットは間違いなく下りが難しい。カップに向かって30度も右に傾斜しているグリーンを想定してみよう。静止しているボールは一瞬で右に落ちてしまうだろう。しかし、速いスピードで動くボールはある程度の時間グリーン内にとどまる。つまりグリーン上での曲がりについて考慮するべきは静的なジオメトリではなく、上りと下りのボールの初速差による慣性モーメントの違いと、初速差によるカップまでの到達時間の差だ。
ひもの先にボールをつけてぐるぐる回してみよう。回すスピードが速ければ速いほどボールは垂れ下がった状態から浮いてくるはずだ。つまり慣性モーメントが重力に勝ち始めるのだ。さらに重力加速度はメートル毎秒毎秒だから、初速が遅くカップに到達する時間が長い下りパットでは、より長い時間重力の影響を受けて大きく曲がる。
すくなくとも前上がり傾斜とパットについては突っ込みどころ満載の本だ。
じつは週刊『東洋経済』からコラム執筆を依頼された。テーマはなんと「ゴルフ」である。アベレージお気楽ゴルファーから見たゴルフについて、何でも良いから書けというのだ。青木プロ、小林プロ、小倉キャスターと交代制の連載だ。もちろん、ゴルフそのものについて書くほどの腕前も経験もない。考え込んでも仕方がないので、お得意の読書を始めたのだ。
本ブログの更新が止まっていたのはゴルフ本を50冊ほど読み続けていたからだ。連載が終わることには現在日本で売られているほとんどのゴルフ本を制覇しているであろう。ゴルフ本評論家という肩書きを目標にできそうだ。ちなみに、ゴルフ本を読むのに時間を掛けているので、ゴルフの練習をする暇はない。