「ものづくり」が変革の時を迎えようとしている。3Dプリンター、カッティング・マシン、ミリング・マシン、PC制御ミシンなど、デジタル工作機械の登場により「つくる」という行為そのものの意味が、変わりつつあるのだ。
中でも注目を集めるのが、ファブ建築と呼ばれる手法である。分解・組立可能で、まるでプラモデルのように作れる木造建築は、「ソーシャルビルド」としての側面からも話題を集めた。これまで分断されていた「つくる人」と「使う人」の境目があいまいになりつつあるのが、現在の姿であるだろう。
このような消費者主導の「ものづくり」が存在感を高める中で、生粋の「つくる人」たちの本質的な価値とは、いかなるものなのだろうか。今や設計図やマニュアル通りにこなすだけであれば、職人が介在する必然性など、どんどん薄れていってしまう。
本書は、ゼネコンの下請けとして働く職人から、宮大工・社寺板金のような伝統的建造物に携わる職人まで、建築に関わるあらゆる人たちにインタビューした「職人ドキュメント」である。
元々は、建築関係者のための月刊専門誌「建築知識」に掲載された連載『現場の矜持』がベースであったという。専門誌ならでは切り口による、文字通りの「鉄板ネタ」の数々はディープさに富み、懐への入り具合も半端ない。そんな37人の職人たちによる、ものづくりの物語を紹介したい。
一口に建設に関わる職人と言っても、鉄骨系、木材系から建物の裏側に隠れた設備系まで、その種類は実に多種多様だ。中にはこんな職業があったのかと驚くような職人までいる。
鉄骨造の建設に不可欠な溶接。この重要な溶接に欠陥がないかチェックするのが「非破壊検査技術者」という仕事である。溶接個所に超音波を当て、その反応を見ながら合否を判定していくのだ。不合格欠陥が見つかっても事務的に告げると喧嘩になるだけと言い、一緒に原因を探りながら、アドバイスしていく。
建物一棟を丸ごと曳いて移動させるのが「曳家」という仕事。お寺のお堂など文化財を移動させる仕事も多く、建物を移動させるために鉄骨のレールをどの位置に挿入するかを見極めるのが腕の見せ所だ。どんな建物にも、必ずうまくいく急所というものが存在するという。
建設業界でも知らない人が沢山いると言われるのが「洗い屋」という仕事。古い柱や梁の黒ずんだ汚れを洗い落として、磨きをかけていく。木目の流れに沿って洗うのがポイントで、木の性質を理解しているということが、どの洗剤を使うかよりも重要であるそうだ。
このような職人たちが一堂に会すのが、建設現場という舞台である。そこには当然のように、様々な人間関係が蠢く。しかも現場には、なぜか自然に出来上がった職人のランクというものが存在するのだ。
大工がいて、左官がいて……それから鉄筋工、型枠工がいて……、設備はずっ〜と下、下から数えた方が早いですね。[給排水設備]
建築の歴史をたどってみると、現場に入ってきたのは電気が一番新しいんです。新入り、だから、いつまで経ってもほかの職人さんに頭が上がりません。[電気設備]
そのような「弱者」たちが、現場で相手に認めてもらうために、どのような振る舞いをするのか。あるクレーン・オペーレーターは語る。
その日の一本目の柱を立てた時点で、すでに”勝負”はついています。建方のときなど、クレーンに向かって左右に倒れている柱を起こすのは簡単ですが、前後に倒れている柱を真っすぐに起こすのは難しいんです。それを、事もなげにすっと立てて、しかも一切揺らさない。これができれば何も言わなくても、「このオペはやるな」と相手に伝わります。
そんなデモンストレーション的な儀式が無事終了すれば、朝10時のお茶のときに、「オペさんもこっちに来て一服しなよ」などと呼ばれ、仲間に入れてもらうことができるのだ。
一方で、外部の人間とはむやみに交わりたがらない職人気質な面々も、思い切って懐に飛び込むと、そのホスピタリティたるや高級ホテルの比ではないそうだ。あることないこと織り交ぜつつサービス精神旺盛に答えてくれる。
「この仕事のやりがい?そういうものは、なければないで一向にかまわないんじゃないですか」[鳶・土工]
「生まれ変わっても、またこの仕事をやりますか?うん、やらないだろうね(笑)」[鳶・土工]
「もともと軟らかい水みたいなものを、真っ直ぐの壁にしていくんです。そりゃ難しいですよ。「水商売」はなんでも難しいんだ(笑)」[左官工]
「ねえやな、仕事が」[曳家]
基本的にはネガティブ論調でありながらも、「ま、やるしかないさ」と前を見据え、どこか人を食ったような回答でかわす姿が印象的だ。
だがやはり、彼らの魅力の真髄とは、その技術の高さにあるだろう。
メーカーによってネジの硬さも違いますから、こいつは三周回せば締まるヤツだとか、四周半回さないとダメだとか、いろいろな要素が頭に入っていないと、一回で決めるのは難しいですね。[給排水設備]
大判のガラスを運ぶというのは、それだけで職人技呼べるくらい難しい作業です。もしバランスを崩して左右どちらかに倒れそうになっても、絶対に踏ん張ってはいけません。一度倒れかけたガラスは人力では立て直せないので、同時にガラスを離してサッと逃げるしかない。[ガラス工]
木を切るときは山から出しやすいように切ることが大事なの。このとき考えなきゃなんないのは、切った木をどうやって運び出すか。だから伐採の段階で、一本一本、木が重ならないように同じ方向に向けて倒していく。ベテランは数センチ単位で倒す方向を調整できるんだから。[素材生産]
ここに見られる彼らの腕の確かさ。これは建築物という完成品の特徴である「寿命の長さ」とも関係している。その背景には、後世の同業者の目線という、もう一つの評価軸が存在するのだ。
彼らは皆、驚くくらいに先人の仕事ぶりをよく見ている。瓦職人は昔の瓦をめくり、施工当時の季節や様子を想像するし、宮彫師もまた暇さえあれば、全国各地の神社仏閣を見て回る。それらの技術を見ながら、自分たちの仕事に取り込んできた。そして同時に、いつか若い人達もまた、自分たちの仕事を見て学んでいくことを意識させられるのだ。
だから彼らは、誰が見ていなくても、手を抜くことなど決してできない。それは同世代の職人連合による「意地」のようなものである。このようにして職人たちの仕事は、時代を越えてつながり合ってきた。
これからの時代、新しいものを作るという行為はどんどん簡単なものになっていくだろう。だが、古いものを残していくという観点ではどうなのか。日本の建築の歴史は、「修繕の歴史」でもある。建築の何たるかを知り尽くした彼らの技術が継承されなければ、失うものはあまりにも大きい。
今や絶滅危惧種にも例えられるのが、彼らの生き様だ。だが、ものづくりの裾野が広がることが、彼らの技術に再び注目を集めるきっかけになる可能性だって否定はできない。そして、そんなことには目もくれず、今日も彼らは、いつもの場所で、いつもの仕事を、いつものように完璧な状態に仕上げている。
彼らの二の腕の筋肉や汗に妄想を膨らませるもよし。組織運営の要諦を見抜くもよし。ものづくりの本質を見極めるのもよし。いずれにしても、萌えるのならお早めに!
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