著者は誘拐犯や人質立てこもりの犯罪者との交渉を担当するプロフェッショナル、通称「交渉人」(ネゴシエイター)。本書は、彼がこれまでに担当してきた事件の中身を綴ったノンフィクションである。事実は小説より奇なり、とはこのことのだろう。これまで交渉人を扱った小説や映画は沢山あるが(ジェフリー・ディーヴァ―の出世作『静寂の叫び』、ブルース・ウィルス主演の『ホステージ』、『踊る大捜査線』のスピンオフ『交渉人 真下正義』など)、本書の方が圧倒的に緊迫感あり、手に汗握る展開である
普段、交渉人の活動が世間で注目を浴びることはないが、戦場最前線の兵士と同じく、交渉人とは地球上で最も緊迫した活動を行っている職種の一つである。彼らの失敗は即他人の生死に直結してしまう。そんな緊張感の中、自らの洞察力、状況分析力、交渉力を駆使して人質の救出を目指すのだ。
統計によると、誘拐事件において警察やSWATなどの救出作戦によって無事生還する人質の割合はたった21%である。映画ではかっこいい救出劇によって毎回人質が解放されるが、現実は5回に4回は失敗するのである。こんな数値を見せられると、万が一自分が誘拐にあったり、親族が人質にとられたりする場合、頼むから救出作戦してくれるな、と思うだろう。ちなみに誘拐事件の70%は身代金の支払いで解決される。
自分や愛する人の大切な命である。金で解決できるなら借金してでも解決したい。でも高い金額を払って相手が味をしめ、再度誘拐されるような事態にはなりたくない。そんな時に頼れるのが交渉人である。治安維持が本質的な目的である警察は、犯人逮捕を優先しがちで、人質の安全確保を最優先としたい被害者と合致しない可能性がある(もちろん日本の警察は素晴らしいので人質の安全を最優先としてくれるとは思うが、警察の本質的な業務はそれではない)。一方、交渉人は被害者側に立ち、犯人側と交渉する。人質の命をいかに確保し、できるだけ相手側の要求額よりも低い金額で妥結するかに専念してくれるのだ。
ではとうやって交渉人は犯人と交渉をするのか。まず重要なのは状況分析力である。例えば、アフガニスタンでの誘拐事件を担当した際、交渉人である著者は犯人側が送ってきた人質の生存証明ビデオを観て、犯人が人質を惨殺する気がないことを瞬時に察する。ビデオの中で人質は頭に銃をつきつけられ、目を真っ赤にしているにもかかわらずだ。プロの交渉人である彼は、ビデオの中で人質の隣で銃を突き付けている男の足の爪先が退屈そうに一瞬丸まるのを見逃さなかったのだ。本気で人を殺そうとしている人間はそんな緊張感のない動きはしない。この点を分析できれば、あとは身代金額次第で解決できるはずなので、身代金額の減額交渉に専念できる。あまり紹介しすぎるとネタバレになってしまうのでこれ以上書かないが、その他にも時間の使い方や交渉中の独特な論理展開によって交渉人は犯人が人質を解放するよう働きかけていくのである。
本書で紹介されている事件は多岐に亘っている。金持ち家族の誘拐事件、アフガニスタンでの誘拐事件、ソマリア沖海賊による誘拐事件、人質立てこもり事件、芸能人の誘拐事件など。場所、手口、解決方法とそれぞれてんでバラバラであるが、一つだけ共通することがある。犯人側が必ず貧しいことである。経済の鈍化・失業者の増加が必ずしも誘拐を増発するとは思わないが、金を稼ぐ手段がない時、人は生き延びるためにあらゆる手段を考えるようになる。誘拐というビジネスがが、一つの現実的な選択肢となってしまうのだ。最初は手に汗握ってストーリーの緊迫感を楽しんで読んでいたが、最後は「うーん」と考えさせられる、そんな本である。
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「なんかこの本の書評、過去どっかで読んだことあるぞ」と思われたあなたは正しい。そう、本書評はHONZ高村とのクロスレビューである。同じ本を愛した男二人が、その本をそれぞれどう紹介しているか、読み比べて楽しんで欲しい。