標題の『リバース・イノベーション』とは、「途上国で最初に生まれたイノベーションを先進国に逆流させる」というものである。
これまでのイノベーションの多くは、まず先進国で始まり、その後で川下の途上国へと流れていくものであった。しかし、まるで重力の法則に逆らうかのように、真逆の動きをとるイノベーション事例が、しばしば散見されているのだ。本書はそんなリバース・イノベーションが引き起こすインパクトや、そのメカニズムを解説した一冊である。
著者はダートマス大学の教授を務め、GE社で新興国市場のチーフ・コンサルタントも務めた人物。リバース・イノベーションの第一歩は、発明からではなく、忘れることから始まるのだと言う。学んだこと、見てきたことを全て捨て去り、先進国でうまくいった支配的論理を手放さなくてはならないのだ。
この背景には、先進国と途上国とのニーズに数々のギャップが存在するということがある。代表的なのは、性能、インフラ、持続可能性、規制、好みという5つによるものだ。途上国の消費者は、先進国がいまだ解決したことのない課題を抱えているほか、かつて先進国が同様の問題に対処した際には存在しなかった最新技術を用いて、自分たちの課題に取り組めることを忘れてはならないのである。
一方で、それだけのギャップがあるのなら、途上国で生まれたイノベーションを先進国に逆流させるところにもハードルが隠されていそうなものだ。だが、逆方向には別の重力が存在していたのである。
それらを上手く使い、川上へと遡っていく手法には、2つのパターンがある。1つは、先進国にも「取り残された市場」という途上国によく似たニーズが存在するということ、もう1つは途上国の速い成長スピードの中で技術面における改善がなされ、先進国の消費者が興味を持つレベルまで到達するケースがあるということだ。
このように、本書は先進国と途上国との間における複雑な力学に着目し、単純に「上下」の一言では片付けられない格差を実に的確に捉えている。
だが、ここまで読むだだけでも、数々の疑問が湧いてくることだろう。
・一から商品づくりを始めたのでは、自社の強みを活かせないのではないか。
・これまでのグローカリゼーションは通用しないのか。
・途上国にそんなに沢山の人材を割くことは難しいのではないか。
・既存商品とのカニバリゼーションをどのように考えるのか。
著者はこれらの疑問を先回りするかのように、多数の事例を通して対処法を紹介していく。
事例として取り上げられているのは、ロジクールのワイヤレス・マウス、P&Gの女性用ケア用品、ディアのトラクター、ハーマンのインフォテイメント・システム、GEヘルスケアの携帯型心電計、ペプシコのスナック菓子など。特に日本企業が苦戦しているとされる、インド市場でのケースが大変多い。
イノベーションを起こすための条件として、「過去の成功体験を捨てること」や「ゼロベース思考の必要性」などということは、よく挙げられている。それをグローバル経済の地図的な側面に着目し、「逆タイムマシン」とも言えるような手法で仕組み化した点に、とても斬新な印象を受けた。
本書は、いわゆるグローバル企業の人を対象に、新興国の巨人たちとどのように対峙していくかという視点で書かれている。だが、巻末にも書かれているように、よくよく考えてみれば、リバース・イノベーションとは戦後間もないころ「安かろう、悪かろう」という評価しか受けなかった日本製品や日本企業が、試行錯誤を重ねてのし上がってきたプロセスにも似ているのだ。
そういった意味で多くの日本企業の人にとって、得るところの多い内容ではないかと思う。2010年代を象徴するような一冊になる予感がひしひし。