両方ともに新書である。前者は2008年9月刊、後者は2008年12月刊だ。じつは両者、桶狭間の戦い以上に熱い戦いを出版物で展開中なのだ。前者の著者である橋場氏は本人のブログによれば40+α歳、後者の藤本氏は1948年生まれの60歳だ。桶狭間のときの信長は26歳、義元は42歳だった。年齢差も信長と義元に近い。
藤本氏は現在主力となっている「正面攻撃説」の提唱者である。一方の橋場氏はそれを真っ向から否定する「迂回攻撃説」だ。橋場氏はこの迂回攻撃説を説明するにあたり、前者で藤本氏の名前を挙げて正面攻撃説を否定した(P182)。それに対し藤本氏は3ケ月後に後者を出版し、橋場氏の名前を挙げて反撃したのだ(第7章)。
これを裁くほうも大変なようで、wikiの「桶狭間」の項は異例のボリュームになっているだけでなく、両説を別立てにしているほどだ。居城たる論文の掲載誌もそれぞれ異なり、藤本氏は人物往来社の『歴史読本』だし、橋場氏は学研の『歴史群像』だ。
この戦いは本の中身もさることながら援軍たる帯も面白い。先に出版された『新説』の帯には「桶狭間はやはり奇襲だった」と挑発する。反論する『桶狭間』の帯には「これらの定説は大間違い」と真っ向から否定するのだ。とはいえ、藤本氏はこの分野では先駆者だから、橋場氏だけにかまってはいられないと、他の研究者の説にも異論を唱えている。
桶狭間の真実よりもこの論争自体のほうに興味がある。少なくとも、総理大臣が12000円の定額給付金を使うか使わないかの論争よりもはるかに知的であることは間違いない。