上等な科学の講義である。100枚ほどの目を惹く図像をつかい、その図像を読み解きながら、歴史的な背景を探るものだ。
デカルトといえば高校の教科書で読んだだけだから、「我思う、ゆえに我あり」であり『方法論序説』であり、すわなち哲学者なのだが、晩年に書かれた『人間論』には眼球を動かす筋肉や松果体などの細密な図像が使われていることを知り驚いた。じつは『宇宙論』にも『哲学の原理』にも幾何学的な図像が使われていることも本書で知った。
日本人では岩崎航介という人物が残した日本刀の鍛え方や刃土の置きかたの図像が紹介されている。この岩崎航介という人物は第一次世界大戦後ドイツのゾーリンゲンに負けた三条市の刃物産業を復興させようと日本刀の研究を始める。砥ぎ師に弟子入りしたのちに刀匠秘伝の古文書を読むべく東京帝国大学文学部に入学する。そののち冶金学も必要となり、同じく東京帝国大学工学部に再入学したという。知られざる日本の匠だ。
「天の城」という章では16世紀の天文学者ティコ・ブラーエの天文台の図面とティコが観測している様子の図像が主題だ。デンマーク王をスポンサーにもったティコは膨大な天体観測を行ったが、地動説には否定的であり「太陽は地球の周りを公転し、その太陽の周りを惑星が公転している」という「修正天動説」を提唱した。しかし、このティコの残した膨大な観測結果から弟子のケプラーが「ケプラーの法則」を導き出すことになる。本書は図像が主役であるから、そのような科学上のストーリーを中世をイメージしながら理解することができる。
ダーウィンの章では単に有名なフィンチの嘴の図版だけでなく、のちにロバート・ボーマンという進化論研究者がフィンチの嘴とさまざまな工具のペンチを比較する図版も紹介されていてじつに楽しい。単なる図像の紹介だけでは終わらないことに知性を感じる。
1980年代に米国に留学した著者はスライドを見せながら行われた技術史の講義に興味をそそられた。著者は「絵を見せるということは、各時代のあり方を分かりやすく伝えるだけでなく、技術活動の本質を伝えるという目的もあったわけである」という。本書を下敷きにした講義があれば是非聴講したいものだ。
ちなみにウェブで調べてみると、著者が所属するのは東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系だそうだ。総合文化研究科には超域文化科学専攻という名前の専攻もある。なんだかすごい。