本一冊で人が死ぬこともある。嘘だと思うかもしれないが、本当の話だ。
『悪魔の詩』の翻訳者が筑波大学の構内で殺された事件は鮮烈に記憶に残っているし、ジョン・レノンを殺害した犯人が事件直後に『ライ麦畑でつかまえて』を読んでいた話もあまりにも有名である。しかし「事件・災いを引き起こした本」は、この他にもまだまだ沢山あるのだ。
例えば『ピーター・パンとウェンディ』。このモデルとなったデイヴィズ家の少年たちは一様に、不幸な最期を遂げいてる。長男、四男はともに21歳で死去。三男は精神錯乱状態になったうえ、63歳で自殺。死の直前まで作品を「あの恐ろしい傑作」と呼んでいたという。彼らは大人として成長することを、決して許されなかったのだ。
本書は、このような古今東西の「ワケありな本」ばかりを集めた一冊である。この他にも「政治・戦争で発禁になった本」、「猥褻表現が問題になった本」、「差別・思想で発禁になった本」、「偽書・捏造の疑いがある本」というカテゴリーに分けられ、計43冊が紹介されている。
すっかり絶版になっていると思い込んでいた『ちびくろサンボ』も、紆余曲折を経て、現在では普通に購入できるようになっている。当時、海外ではすでに絶版になっているという話が蔓延っていたが、これは誤った情報であったらしい。背景には1988年当時の日米貿易摩擦の影響があったのだという。
面白いのが「偽書・捏造の疑いがある本」の中で触れられている古い書物。『先代旧時本記』は、聖徳太子の命によって編纂されたと言い伝えられ、日本書紀、古事記と並ぶ「三部の神書」として長らく数えられて来た。古い歴史書として大事にされるあまり、聖徳太子以降の内容が記述されていることに誰も気が付かず、江戸時代まで大切にされてきたというから驚く。
本書ではこの他にも、『アンネの日記』『1984』『蟹工船』『種の起源』などの刺激的なエピソードが満載である。
ワケありな本の中には、実は名著と呼ばれるものが非常に多い。書かれた内容のみならず、その裏側の物語も語り継がれるのが、名著の宿命なのかもしれない。そんな不思議な読書案内を、ご堪能あれ!