本書の表題を一目見て、ふと思わなかっただろうか。
そういえば、最後に銀行マンと会ったのはいつのことだったろうか、と。
そしてそれは、おそらく極めて普通の感覚だ。
事業家でもなければ企業で財務部門に勤務している訳でもなく、個人として住宅の購入も特に考えていないとすると、日常生活において銀行マンと会うことなどまずないだろう。特別な事情がないのに銀行マンと頻繁に会う人間となると、思いつくケースは1つしかない。つまりあなた自身か、もしくはあなたの家族が銀行マンというケースだ。
そう、多くの一般人にとって銀行マンというのは、ある意味で「そもそもレアな存在」なのだ。
それはつまり、銀行にとってリテールビジネスはずっと中核ではなかったということを示している。個人顧客から預金を募り、集めた資金で企業に融資する。これが銀行のメインビジネスだ。預金には金利がつくことからも明らかなように、銀行のバランスシートでは「預金=負債」だ。貸し手がない資金余りの状況であれば、個人顧客など必要ない。極論してしまえば、そういうモデルだった。今でこそ個人向けの様々な金融サービスが存在し、銀行窓口でも投信や保険が買える時代になったが、それでもなお、明確なリテール戦略を掲げている銀行はいまだ少数派というのが偽らざる現実だろう。
そこで本書だ。ソニー銀行。「銀行マンのいない銀行」、つまりネット銀行。その中でも唯一のメーカー系銀行だ。
そんなソニー銀行が、4年連続で顧客満足度1位になっているというのだ。
本来はその驚きの理由を書かなければならないのだけれど、正直に白状しておこう。
全くもって、驚くことじゃない。
なぜならば、ソニー銀行のサイトが他行のそれを凌駕しているのは、誰が見ても明らかだからだ。本当に良く出来ている。そして、店舗を持たない彼らにとっては、サイトこそが主戦場。要するに、彼らは主戦場で勝ち名乗りをきちんと上げているのだ。
例えば、人生通帳というサービスがある。私自身も日々愛用しているが、本当に使い勝手がいい。いわゆる「アカウント・アグリゲーション」というもので、他行口座も含めた全口座残高や保有外貨の状況、各種クレジットカードの引落し額までワンページで簡単に把握することができる。メイン口座については、カレンダー形式で資金移動(引き出しや入金)が表示される仕組みで、日々の口座の動きを直感的に掴みやすい。ソニー銀行の提供するサービスは他にもあるが、個人的な感想だけでいえば、これだけで十分に「顧客満足度1位」の価値があると思っている。
もちろん、ネット銀行としての制約は多々存在する。公共料金の引き落としは、今でも対応していない。ローン商品も限定的だ。投信や保険を購入する際の相談窓口もなければ、貸金庫もない。そもそも店舗がないのだ。それでも、主戦場では決して負けない。徹底された顧客視点で、上手にユーザーの気持ちに寄り添ったサービスを展開している。
なぜそれが可能だったのか。それが本書のテーマだ。
答えをここで書いてしまっては、つまらないだろう。ただ言えるのは、結局は「ヒト」だということだ。破綻した山一證券の元社員で、創業以来社長を務めている石井茂氏の思いがコアとなって、そこにノウハウを持った人間達が集い、「フェアな銀行を作る」という理念のもとに、彼らのスキルと思いがブレンドされていく。本書を読んでいると、その時の現場はきっと充実感に満ち溢れていたのだろうと、素直に思うのだ。