本書は、2009年から2012年5月までの間に、ブログ『奈良美智の日々』に掲載された記事と、奈良さんがtwitterに投稿したコメントを元に加筆・修正した本だ。表紙になっている奈良さんの絵、ちょっとどこかで見覚えがあるのではないだろうか。
先週末から奈良さんの個展が横浜美術館で開催されている。テーマは、“ 君や 僕に ちょっと似ている ” だ。ビートルズの、『Nowhereman』の歌詞に登場するフレーズらしい。そして、本書には、同じ題名のエッセイが掲載されている。
奈良さんが書いた絵を観て、「これは、私だ!」と思う人がいる。
そのいっぽうで、奈良さんも、これは自分の作品だ、という「親心」を持っている。
なので、奈良さんの作品は、「僕にちょっと似ている」し、「君にちょっと似ている」。
奈良さんは、以前は、作品を自分の体の一部のように思い、作品を観てもらえるなら自分のことは忘れてもらって構わないとすら思っていたそうだ。
でも、最近は、作品を自分の元から旅立たせることを現実的に考えられるようになった。自分の作品が独立して誰かと接点を持ち、その人の友達になったり、子供になったりする。それが受け入れられるようになった、ということだ。子離れならぬ、作品離れといった感じでしょうか。
本書の最初のエントリになっている “ 魔法をかける ” では、理想の作品像について、奈良さんはこう言う。
90年代に描いた絵には、なにかしら魔法がかかっていた気がする。観る側が一対一で会話できるような魔法。その絵は今に較べると稚拙で出来不出来が激しかった。でも個人に訴えかけるものが今より確かに大きかったと思う。
僕は再び自分の描く絵に魔法をかけられるだろうか。見た目の完成度や専門家の評価や売れるとか売れないとかではなく、原石が時おり放つ一瞬の輝きにも似たもの。
魔法がかかったら、きっと、観客一人一人が、「僕にちょっと似ている」と思うのだ。そして、それぞれ、別々の、思ってもみないことを考えたりするのだ。観に行ってみたい。
奈良さんは、「すごい人」を見つけたとき、決して競争しようと思わず、その人がしていることをしない、ということを心がけているという。例えば、村上隆さんが大人数で完璧に作品を仕上げていくのであれば、数えきれるくらいの手数で、勢いと発想、ピンポイントな感覚だけで絵ができないかを考える。「その人がしていることをしない」といっても、「反対向き」以外にも、じつは、結構いろいろな選択肢がある。奈良さんは、一人でやっていくことを選んだ。自分自身と向き合うことが、結果的にオーディエンスに向き合うことになる。君は僕にちょっと似ているし、僕は君にちょっと似ている。そういうことだろうか。
自分との戦いこそが、彼らの眼を覚まさせて、彼ら自身を心の奥に歩ませるのだ。
自分の作品を最初に観るのは自分だ。奈良さんは、「作品を見せたい!という欲望が、作りたい!という欲望を超えたらおしまいだ」という。思うに、自分の中の “ 観客としての自分 ” がびっくりする程良いと思えるのであれば、それがきっと、一番のエンターテインメントだろう。私は、なんとなく、どこかの記事でみた、宮崎駿さんの「生産する者になりなさい」というコメントを思い出した。
いっぽうで、調子が悪いと評価するのも、やっぱり自分だ。奈良さんが「この20年で10回以上は日記に書いたと思う」というのが、このフレーズだ。
やるしかないが、うまくいかない。うまくいかないが、やるしかない。
他のところでは、こう言う。
なんかうまくいかないが、うまくいくというのはどんなことなんだろうか、と考え込むのは時間の無駄だ。
俺は、ただ、うまくやりたいわけじゃなくて、立ち上がれなくなってしまう自分でいたくないだけなんだ。
うまくいったかどうかは、できあがった時に自分がどう感じるかしかない。その作品を観た他の人が、良い作品だと思うかどうかは、なおさらわからない。でも、奈良さんの作品は、他の人に届いている。「魔法」がかかっているからだろうか。みんなと「ちょっとずつ似ている」からだろうか?少なくとも、私は、表紙の子供のフクザツな表情に何故か親近感を感じたし、カバーをめくったところにあるハサミをもった子供が、おもしろかったです。
もしも僕がやってることが芸術とか呼ばれるものならば、僕のやってる芸術なるものに関しては、みんなが普通に日常で精一杯生きてることとなんら変わりはない。
なんら変わりはない日常の精一杯、そこに、奈良さんが結晶化している何かがあるように思う。なんて、全然うまく言えていないような気がしてくるが、これが、私の今の精一杯です。なんちって。それではみなさま、良い一日を。
本展は、作家にとって初の挑戦となる大型のブロンズ彫刻をはじめ、絵画やドローイングなどの新作により構成されます。2001年に開催した国内初の大規模な個展以来、横浜美術館では11年ぶりの個展開催となり、その後、青森、熊本へ巡回します。