本当に『「電池」で負ければ日本は終わる』のか?

2012年7月13日 印刷向け表示
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「電池」で負ければ日本は終わる

作者:岸 宣仁
出版社:早川書房
発売日:2012-06-22
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iPhoneにAndroid端末、モバイルwifiルータ、PCにタブレットと、大量の電子機器を持ち歩くことが多い。そのため、カフェや打ち合わせ先でしょっちゅう充電するはめに陥り、なんだか自分自身が充電式のロボットになったような気がしてくる。

そんなわけで、ちったぁ電池について知っておこうと思って手にとったのが本書。しかし、まあざっくり今の電池事情がわかればいいや、といった軽い気持ちで買ったわけで、レビューを書くつもりなどなかった。ところが、これが面白い。いい意味で期待を裏切られ、いま深夜から明け方にかけて書いている次第だ。

まず第一章。リチウムイオン電池の誕生と進化の概要を追う。そもそも世界で初めて乾電池を作ったのは日本人の屋井先蔵である。1885年、21歳での発明だった。彼をめぐる様々なエピソードも興味深いが、まあ先を急ごう。屋井の発明から約100年が過ぎた1991年、ソニーが世界で初めてリチウムイオン電池を開発、商品化する。EV(電気自動車)やスマートグリッドの必需品で、21世紀の新エネルギー革命の中核を担うと言われている日本オリジナルの技術。一時期は世界のシェアの90%以上を日本企業が占め、かつての半導体のように、日本のお家芸と言われている。

リチウムイオン電池の基本構造を発明したのは、電池とはあまり縁のない旭化成の吉野彰である。旭化成としては社業に関わりの深い機能性プラスティックの開発を目的に研究を進めていたのだが、1980年代前半、のちにノーベル化学賞を受賞することになる白川英樹が導電性の機能性プラスティック、ポリアセチレンを発見すると、吉野の頭に、それを負極材料に使った新しい充電池のアイデアがパッと閃いてしまったのだ。そして、対応する正極の材料には、やはり発見されたばかりのコバルト酸リチウムを使用し、リチウムイオン電池の原型が生まれたのである。

吉野はさらに、比重が小さく小型化が難しいポリアセチレンに代わる負極材料を探し、同社の繊維系研究所が開発していた「電池特性が飛び切りよい」特殊なカーボン材料を見つけ出す。その過程はまさに、銅鉄主義的な地道で粘り強い研究とセレンディピティ、という科学の基本であり、科学ノンクション好きならわくわくするはず。ちなみにこのカーボン材料は構造から言えば、カーボンナノチューブの一種であった。現在たびたびノーベル賞候補として名前が挙がる飯島澄男がカーボンナノチューブを発見したのは1991年。なんとその7年前に、旭化成は気付かないままナノチューブ構造を持ったカーボンを生成し、それが世界初のリチウムイオン電池開発につながっていったのだ。

また、開発を極秘にしたまま、ある企業と特殊なコークスの入手について交渉し、通常の取引単位で買うと申し出たところ、その企業に取引単位は「船一杯」と言われ、「せめてトラック一杯」と値切って(?)断られたり(結局しつこく食い下がったため先方の好意でドラム缶1杯のサンプルが送られてきた)、部下がポリ酢酸ビニルを入手したところ3億円強奪事件の犯人だと疑われるなどのエピソードも実に楽しい。

本書の主題は別のところにあるので、当然ながら細部までは書き込んではいないが、この章だけを深掘りすれば、骨太な科学+経済ノンフィクションが生まれそうである。

続いて、2章。まずはコイツが登場する。

6800個のパナソニック製リチウムイオン電池が搭載されたテスラ・ロードスター。シリコンバレー発ベンチャーが開発し、3,7秒で100キロに達するEVスポーツカーである。価格は1000万円以上、2008年の発売から2年で1300台というなんとも微妙な売上のこの車をEVの最高峰だとすると、その対極にあるのが、こちら。

http://www.youtube.com/watch?v=802BUnG4P2k

広島県のツシマエレクトリックのEV改造キット。中古自動車が100万円程度でEVに改造できる。この会社だけではない。「コンバートEV」でググってもらうとわかるが、全国各地、改造EV業者は続々と増えているのだ。

東京大学総長室アドバイザーの村沢義久はこれを「スモール・ハンドレッド」と呼ぶ。詳しくは同氏の『電気自動車 市場を制する小企業群』を読んでほしいが、要は、「ビッグスリー」のような巨大企業を頂点に、無数の下請けが存在する垂直型の産業ではなく、さまざまな技術を持った小さな企業、さらには自動車整備工場やガソリンスタンドなどが、それぞれに連携した水平分業型ネットワークで、EVが広まってゆき、それが地域活性化や地域おこしにも貢献するといったことだ。本書では、さらに中国山東省の農家の裏庭や町工場で盛んに作られている、さまざまな中古部品を寄せ集めた「手作りEV」についても触れられているが、それこそ、改造EVの原点である。「改造EV」の多くは、ありふれた技術の寄せ集めで作れる。すなわち、「枯れた技術の『革命的な』組み合わせ」で、世界中の裏庭やガレージで、自由にEVが量産される時代が来るかもしれないのだ。この章のテーマも、別途一冊の本になりそうなほど興味深い。

続く3章以降、蓄電池のエリーパワーや神奈川県は、辻堂駅近くのパナソニック工場跡地に建設予定の「サスティナブル・スマートタウン」などに触れ、さらにネオジム磁石やレアアースの争奪、パワー半導体などを紹介しながら、5章以降、著者の専門分野である知財管理や特許の話へと進む。

さて、このレビューの3番目のパラグラフで「かつての半導体のように」という不吉な一文を記したが、実は、2011年、日本は、独壇場だったリチウムイオン電池のシェアのトップを韓国に奪われた。また今年の4月には、日本人技術者が次々と韓国企業に引き抜かれ、そのほとんどが、新エネルギー革命に必須の技術である、リチウムイオン電池、太陽光発電、インバータの専門家であったという記事がロイターで報じられている。

そのような状況のなかで、知財管理についての著者の論考を続くのだが、そのなかで引用される、冒頭に紹介したリチウムイオン電池の発明者、吉野の言葉が印象的である。

韓国は間違いなく日本にキャッチアップしていきます。でも彼らは新しいものは絶対つくらず日本のあとを追うことだけを考える。だから、全然強敵でもなんでもない。

電池のシェアが下落したのは、基本的に日本のIT製品の競争力が低下した結果(中略) 逆に言うと、よくそれで電池は3割ものシェアを維持していると思いますよ

これからの日本の強敵は中国や韓国ではなく、アメリカ

EVは国防産業のイメージで考えた方がいい

(過去の失敗例を集めた)ネガティブデータをどれだけたくさん持っているかが競争力の源泉になります

電池が単純組み立て型で、どこかの材料メーカーに注文しさえすれば、あとは同じものが大量生産できますと、もし、そういう状況になっているのであれば、典型的な中抜け現象だから、できるだけ早めに日本は撤退したほうがいいんです

電池に関して世間で言われていることといちいち違って、非常に興味深い。吉野彰という人物のことを知ることができただけで、本書を買った価値があったといえよう。尚、本書のタイトルと真っ向から対立するこの吉野の言葉の真意は、単純な文意とはまた別のところにある。そのあたりについては是非本書を読んでほしい。

リチウムイオン電池物語―日本の技術が世界でブレイク (CMC books)

作者:吉野 彰
出版社:シーエムシー出版
発売日:2004-09
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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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