世界で最初の壺は日本でつくられた。1万4千年以上前、縄文人たちがつくりはじめたのである。地中海世界などでみつかる最古の壺は早期縄文時代から数千年後につくられたものだ。これらの地域では農耕が定着してから、穀物の保存などの目的でつくられはじめた。農耕以前の移動する狩猟生活では壺は持ち運びにくいため、つくられることはなかった。
いっぽう縄文人たちは定住型だが狩猟採集民族だった。本来、保存用の壺は必要ではなかったはずだ。その縄文人たちが壺をつくった目的はなんと調理用の鍋だったのである。日本はスープ発祥の地であり、シチューの祖国であると著者はいう。
本書は著者がナレーターをつとめたBBCのラジオ番組を書籍にまとめたものである。大英博物館に収蔵される700万点以上の文物から、100点を選び出し、そのモノにまつわるエピソードをそれぞれ15分ほどで語っている。しかし、よくある博物館の展示物に添えられた解説文のようではない。たとえば番組でとりあげた縄文の壺については、数千年後の江戸時代になり、内側に金箔が張り付けられ、茶道具の水差しとして珍重されたという後日談を語る。
他の99点についても、長い人類史のなかでモノがどのようにつくられ、そして扱われたかを上質な推理小説のごとく滑らかに解説していて、じつに興味深い。
本書のもとになった番組はポッドキャストでも聞くことができる。もちろん無料だ。大英博物館館長である著者の格調高い英語を聞きながら本書を読めば、悠久の人類史に思いを馳せながら、イギリス英語のヒアリングの勉強にもなるであろう。
日本からは縄文の壺のほか銅鏡、柿右衛門の象、北斎の「神奈川沖波浪」が取り上げられている。
(産経新聞2012年5月4日掲載)