本書の現場タイのお隣ミャンマーから更新。インターネットは劇的に遅いが、そんなことも気にしてられないくらい熱気に溢れるミャンマーでは、中国はパイプラインを、韓国は1年で在留者が500人から2500人に増え、ベトナム・ホーチミンはミャンマー最大都市ヤンゴンと姉妹都市提携を行い、70もの企業が訪緬。アジア各国はミャンマー投資に余念がない。詳しいミャンマーの状況は1月の書評を参照してほしい。僕がこんなところで心配してもしょうがないが、焦る必要はないが日本の出遅れが顕著なのは間違いない。現地縫製工場の女社長にまで「まずは早めにミャンマーに来い」とアドバイスされた。ということでHONZ ASEANも遠い日ではないかもしれない。大阪、オーストラリアと競合するのでスカイプの混雑が心配だ。
さてお隣の国、タイもミャンマー投資に余念がない。バンコクから3時間でインド洋に面するダウェーという街に出ることができる計画だ。しかし、まだまだ少数民族との争いが絶えないので、いつ計画が実現するかは不透明だが、実現すればマラッカ海峡を通過することなく物流網に革命的進化が起こる。ミャンマーのことは語りだしたら止まらないのだが、今回の本は港湾建設のような巨大プロジェクトとはまったく無縁だ。タイ政府が外資の工場を数多く誘致した裏側で、誰も見向きしなかったローカルの中小工業で自然発生的に生まれた機械やデザインにまつわるストーリーである。
まずはニッチなテーマを取り扱う本書が生まれた背景を駆け足で紹介しよう。日本がタイの中小企業への技術支援がスタートしたのは2001年、アジア通貨危機から4年後であった。プロジェクトスタートのきっかけは日本の存在感を示すこと、部品や技術サービスの現地化の推進による日系製造企業のコストダウンと、現実的な理由からスタートし、数多くの日本のエンジニアが技術移転の専門家としてタイに派遣された。
しかし、彼らの頭を悩ませたのは、現地工場の情報不足とタイ人機械工が取る予想外の行動だった。専門家指導のものと日本式の設計手法で新型機械の設計と試作を行っても、試作品のデザインは勝手に変更され、設計図からかなり逸脱しているものばかりができてしまう。日本人の専門家は自分たちが日本で培ってきた仕事のノウハウがタイには当てはまらないことを認めざるを得ず、背景にあるタイ文化に理由を求めていた。そして著者は技術移転の専門家との会話をきっかけに、タイ農村地域の機械工場の調査を始めた。
中小工業の工場では外資からではなく、現地、分かりやすく言えば近所の農民からの依頼を受ける。農民から依頼は当然のことながら農業機械が多い。たいてい依頼は作ってほしい機械の写真などの具体的な資料を持ってくる。ときにはまるで子どものようにあの機械を作ってほしいと、実物を一緒に見学に行くこともある。機械工は遠目から見る機械が動いている様子や写真だけが最初の情報源である。そして、そのざっくりとした情報を頼りにプロトタイプ(試作機)を作ってみる。そこからすぐに注文主の畑で注文主に試運転を行ってもらい、ここから一連の問題解決がスタートし、機械を動かしながらの試行錯誤の上、機械を調整し、完成に導いていく。機械工と農民の間の協力関係から製品はできあがっていく。タイの環境にあわせたオリジナルなコンバインを製造するタイ人社長の言葉は印象的だ。
「私はね、自分でこれを発明したりなんかしていない。農業のことは農民が一番よく知っているだろ。われわれはいつも農民の言う通りに機械を作っているだけさ」
だが、農民との協力関係だけでできるわけではない。そこには機械工らしいコツがある。彼らが新しい問題を解決する一番の秘訣は問題そのものをよく「見る」ことだ。問題をじっくりと観察し、過去の経験に照らし合わせて類推し、問題解決プロセスを無意識的に構築していく。強いて言うなれば、アナロジー思考に近い。この見方こそがタイで発生している「野生のエンジニアリング」だ。しかし、当の本人達は新しいことをやっている意識はないらしい、その真摯な姿勢と素朴さは愛すべきものだが、一方でイノベーションの種があるとも考えられる。
イノベーションの可能性が見つかれば、先進諸国ではすぐに特許だ!著作権だ!と権利を主張し、サムスンとアップルのように泥沼の訴訟合戦になるが、タイの土着の機械工業では争いは起こらない。反対に機械のデザインは誰も占有権を持たないコモンズと見なされるようになり、機械のデザインが自由に模倣される状況が生まれた。もちろん、独自の技術開発が促進されないという負の側面も発生したが、コモンズとしてのデザインはタイ政府、特に農業関連の省庁の政策に深く関わっていく。ここでも特許に対して、独特の考え方がある。
「君もわかっていると思うけど、AEDは農業省の機関なんだ。だから、われわれの目的は農民の生活を向上させることなのだ。そのためには、農民が安く機械を入手できるようにする必要がある。だから、われわれは特許はとらないことにしている。AEDが開発した技術はすべてタダで農民に提供されるんだよ。(中略)あえて言えば、私自身は特許は農民たちのためにならないと思っているよ」
先進国とは異なるロジックと進化がタイ土着の機械工業には存在している。まだまだ、書き足りないが停電が心配なので、ここで筆を置かせていただく。
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舞台は同じくタイ。「アジア鉄道近代化プロジェクト」のために獅子奮迅する日々を綴った一冊。
4月に日メコン首脳会議が開催されるが、アジア全域でどのようにハイウェイと道路が建設される予定かを知りたい人にはお勧め。ミャンマーは陸路で入国が厳しいが、この本を読むかぎりは未来は明るいようだ!