生き生きと輝く地衣類。コイル状のハリガネムシ。本書はそんな冬の日の観察から始まる。アメリカ、テネシー州の原生林に小さな拠点を設け、生態観察し続けた一年をつづるノンフィクションだ。
生物学教授である著者・ハスケルは地面に腹這いになりながら、ある時はルーペを使って極小の世界に寄り添い、ある時は地中の様子を目に見える地表の生物から想像し、ある時は残された痕跡から時間を巻き戻す。そして観察し得たものを科学的な知見に基づいて解説してくれる。読者である私たちは、ハスケルの目を借り、知識をアドバイザーに、めくるめく生物の世界に入り込んでいく。
ハスケルは考える。生物たちの営みについて。その繋がりについて。
そして、私たち人間がその中でどのように生きているかについて。
私たちが問題としている生態系との関わり、例えば森林破壊や動物保護について、観察の延長上に新しい視点を提示したりする。それはただの観察者ではない、一人の生物学者としての提言だ。読者は美しく詩的な言葉の中でそれを聞き、思考を促される。
2013年ピュリッツァー賞最終候補作品であり、リード環境図書賞、全米アウトドア図書賞を受賞した本作は、ただ生き物の世界を紹介するだけではない。先入観を持たせないようにしながら、読者に環境や生態系について多角的な見方を紹介する。
センス・オブ・ワンダー。
自分と繋がる、自分を取り巻く世界に好奇心をもって接すること。
驚きを素直に受け止めること。
かつてレイチェル・カーソンは、姪の息子に生命の神秘と自然の奥深さを体感させた。著された『センス・オブ・ワンダー』は、それを読む多くの大人や子どもに同様の感覚を疑似体験させてくれた。ハスケルは本書で、「神秘さや不思議さに目を見はる感性」に再会させてくれる。そして、その不思議を解き明かし、更なる好奇心を目覚めさせてくれる。
自然って、何て不思議なんだろう。
何て面白いんだろう。私たちは、何て世界に生きているのだろう。
そして、この世界に生きている私は、いったい何なのだろう。
1㎡の森を観察し続けただけの本である。しかしこの中に、悠久の流れと広大な世界がぎゅっと凝縮されて、静かに震えているような気がする。何かとんでもない宝物を手にしているような気がする。
新しいネイチャー・ライティングの傑作が誕生した。