めざせ世界遺産! 『素晴らしきラジオ体操』

2013年3月6日 印刷向け表示
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文庫 素晴らしきラジオ体操 (草思社文庫)

作者:高橋 秀実
出版社:草思社
発売日:2013-02-02
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高橋秀実ははいくつもの意味で天才だと思う。

 

ん? だれも気づかないかとは思うが、高野秀行の『謎ソマ』レビューと同じような書き出しである。まず、天才エンタメノンフ作家と推定される高野秀行と名前が二文字しか違わないところが天才的である。かな? そして学歴がすごい。モンゴル語学科なのである。モンゴル語学科といえば、誰がなんと言おうと、司馬遼太郎なのである。これもあんまり関係ないかもしれないけど。

 

冗談はさておき、高橋秀実の天才性はそのテーマ設定にあらわれている。編集長・土屋のレビューをきっかけに爆発的に売れ出したという「伝説」の『弱くても勝てます』では、弱小・開成高校の野球部という、誰にも興味がなさそうなことをテーマに、ベストセラーをものにした。代表・成毛眞が『面白い本』で絶賛した『はい、泳げません』では、40歳をすぎてスイミングスクールに通い、泳げるようになる「私ノンフィクション」である。なんとも謙虚なのであるが、おもろすぎるのである。今までにやったことがあることはやりたくない、とインタビューで語っておられるだけあって、本のテーマにバラエティーがありすぎなのだ。

 

HONZのパーティーにご出席いただいた際にはじめてお会いしたのであるが、ラッツ&スターの鈴木雅之のような風貌からくりだされるスピーチは秀実ならぬ秀逸であった。どうも『弱くても勝てます』が売れまくったのが信じられず、というか、売れすぎて不安なような感じがにじみでていて、死ぬほど笑ってしまった。ひょっとしてそんなこと思っておられなかったようならすみません…。でも、このインタビューを読んだら、やっぱりそういうお人柄なのかという気がする。天才的に謙虚なのである。

 

私にとっての初ヒデミネ作品は、この『素晴らしきラジオ体操』であった。今回は文庫としての再版なのであるが、初出は1998年、もう15年前である。昨年くらいからラジオ体操のDVDなんかがベストセラーになっていて、それをあてこんでの文庫版なのだと思う。が、考えてほしい、さすが天才ではないか。すでに15年前、ブームを見越したかのように、この本が出されていたのだ。って、ちょと早すぎるから、ちゃうような気もする…

 

いきなりであるが、ラジオ体操をしている人たち-主として老人-との会話をいくつか紹介したい。

-雨の日もやるんですか?

“やります。雨が降ろうが、雪が降ろうが、槍が降ろうがやります”

-濡れませんか?

“濡れます”

-風邪ひきますよ。

“風邪はひきません」

-なぜですか?

“毎日ラジオ体操してますから”

こころやさしきヒデミネさん、敗退。

次は、荒川区の火葬場を会場に「JAPAN」と書いたユニフォームでラジオ体操をするグループの会長氏(91歳)へのインタビュー。

-ラジオ体操するために、わざわざ海外へ行くのですか?

“そうです。家から、このスタイルで”

-家からずっと?

“そうです。みんなでこれを着たまま飛行機に乗りました。

機内食もこれで食べました”

-なぜですか?

“なぜって、あんた、ラジオ体操ですから”

答になってない…。

 

熱心にラジオ体操する人は、なんでもラジオ体操のおかげにするらしい。しかし、これくらいで驚いていてはまだ早い。35年間、一日も休まずラジオ体操を続けてきた会場の名誉会長さん。

 “不思議なことですが… ラジオ体操をしてると死なないんです”

-死なないわけないでしょ。

“いや、この会場でも、まだひとりも死んでません”

-ひとりも?

“はい、ひとりも”

-そんなはずはないでしょう

“だから不思議なんです。 死んでないから、皆いるんです。死んだらいません”

さすがのヒデミネさんも、ややいらついておられるかのようである。しかし、こうしてヒデミネさんはラジオ体操にのめり込んでいく。ずぶずぶと。

 

全編、このようなラジオ体操老人との会話、ではない。そんな内容であれば、さすがに脳みそがおかしくなってしまう。この本はラジオ体操の歴史を中心に、そのすべてを網羅したといっても過言ではない、ラジオ体操の聖典とでもいうべき本なのである。

 

ラジオ体操、当時の名前は国民保健体操、がはじまったのは、昭和3年のこと。これは、アメリカのメトロポリタン生命保険会社が、生命保険のイメージアップと健康向上を目的にして開始した体操音楽のラジオ放送をお手本にしたものである。それをもとに、日本の簡易保険局が『保健思想を普及させ、同時に死亡率を下げる』ために導入された。この来歴を知ると、ラジオ体操をやると、やっぱり死ににくくなるのかもしれない。

 

ただし、その当時のラジオ体操の動きは現在のものとはまったく違っており、知覧出身の松元稲穂という人の『ヨイサヨイサ』と唱えながらおこなう運動が元になっているらしい。そして、そのルーツは、日本帝国海軍軍医総監、慈恵医科大学の学祖として知られる高木兼寛の国民運動、さらには、神道の禊の動きである、とつきとめていくヒデミネさん。ここらあたりは天才探偵のようだ。

 

ラジオ体操はまたたくまに広がり、昭和11年には皇太子(現在の天皇)までがラヂオ体操あそばされた。太平洋戦争では、戦意発揚にも利用され、占領地域にも根付かせようと画策されるラヂオ体操。敗戦が濃厚になってきたときには、元気をつけるために一日四回も放送されたらしい。なんじゃそれは…

 

そして敗戦。かけ声一つで国民が一つになって動くような体操は軍国主義的で好ましくないとマッカーサーに目をつけられる。マッカーサー、それはちょっと気にしすぎとちゃうんか…。そこで『号令なしで自発的に、やっていると愉快になり、思わずアメリカ気分になってしまう』改訂ラジオ体操が制定された。

 

そして今日にいたっている、わけではない。この体操は考え過ぎたためか動きが難しくて、ラジオ体操に必要な「ついやってしまう」感がともなわなかったため、だれもやらなくなり、1年半で中止のやむなきにいたる。隠れラジオ体操』があちこちでおこなわれる中、ベルリン五輪の体操選手であった遠山喜一郎によって考案されたのが現在のラジオ体操である。いまはもう亡くなってしまわれた遠山氏にヒデミネ氏はインタビューし、実に貴重な証言を得ている。

“いいか、背伸びで腕を上げてゆく。上げきった時にすぐに下ろしてしまったら、リズムが生まれないんだ。わかるな。上げきってから下ろそうとする間に、一瞬の静止の『間』があるだろう”

“その『間』が命なんだ。その間が自然のリズムを生み出すんだ。その『間』がないと『間抜け』だ。伸びすぎたら『間延び』だ。ラジオ体操はすべての操作にその『間』を入れてある。間とは無用の用だ。人間は空白の『間』で安心するんだよ”

知らなかった。ここまで隠していたが、私はラジオ体操愛好者である。実際にはラジオじゃなくてテレビ体操であるが、かれこれ10年近く、二日酔いと出張の日以外は早朝の体操にいそしんでいる。この神の声を聞き『間』を意識して体操をやってみた。すると、明らかにちがう。これまでにくらべて、はるかになめらかに伸びやかに気持ちよく動くことがができたのだ。

 

現在のラジオ体操は、単に運動のための体操ではなく、『間』を重視した、のびのびと生きるための体操なのだ。ラジオ体操の名人になると、ラジオ体操第一の『腕を前から上にあげて横からおろす運動』の動きを見ただけで、ラジオ体操の技量がわかるという。それも、きっと、動きを見とるのではなく、『間』を見ぬくことができるからだろう。

 

国民のほとんどが、ある音楽を聴くと同じ動きができる、というのは、恐るべきことである。ラジオ体操が体にしみこんでいる我々日本人にとっては不思議なことではないが、おそらく他国の人には理解ができないだろう。ヒデミネさんが『世界遺産に登録したいくらい』と言うのも当然だ。しかし、問題がないわけではない。みんながラジオ体操をして、ほんとに死ななくなったら、社会は破綻してしまう。ぜひ、こういう高度な問題意識を持ちながら、この名著を読んで、全日本国民の財産であるラジオ体操についての理解を深めてもらいたい。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
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