大量のアクセスとともに「Webスター」の称号も手に入れた、あの名物教授の講義がついに書籍化された。
MITの物理学者ウォルター・ルーウィン。彼の講義は、まるでロックスターのように教壇上をところ狭しと駆け回り、大教室をまるでサーカスのような興奮のるつぼと化してしまう。決め台詞は「その目で見ただろう?これが物理学だ!」。
その熱狂は、学内のみに留まるわけもない。MITのOCW(オープンコースウェア)プロジェクトが彼の講義ビデオをウェブ上に公開すると、またたく間にこの授業は世界中に知れ渡ることとなった。
その人気の秘密は、教室を一瞬で非日常空間へと変えてしまう、大規模なデモンストレーションにある。5メートルの椅子のてっぺんに腰掛け、床に置いたビーカーのクランベリージュースを、試験管で作った長いストローで吸い上げる。あるいは、大怪我の危険を冒して、小さいながら破壊力のある解体用鉄球の軌道上に自分の頭を置き、顎の手前数ミリの地点まで鉄球を振り動かしてみせる。その一つ一つが、とにかくスベらない。
振り子を使って、重力の作用がいかに直感に反するかの実演。
(第3講「息を呑むほどに美しいニュートンの法則」より)
人間の体に電荷が貯まる様子の実演。
(第7講「電気の奇跡」より)
建物解体用鉄球が通る軌道上に自分の頭を置く実演。
(第9講「エネルギー保存の法則」より)
肉眼で見えるものだけが世界ではないし、直観で認識できるものだけが正しいわけでもない。一見静止しているように見える物体も、その内部では壮絶な力の戦いが繰り広げられているのだ。ルーウィン教授のデモンストレーションは、それら不可視なものを可視化する「補助線の芸」だと思う。
一方で見逃して欲しくないのは、インパクトのあるデモンストレーションに至るまでのプロセスだ。バイオリンの音色について語り出しかと思えば、共鳴板の原理へと話は及び、いつの間にか「ひも理論」の説明に移り変わる。そんなプロセスを経ての、このデモンストレーションなのだ。
音でワイングラスを割る実験。
(第6講「ビッグバンはどんな音がしたのか」より)
「わたしは受講生たちを、彼ら自身の世界へ導くんだよ。彼らが日々生活し、なじんでいる世界にね。」それが教授の口癖だ。話はいつも身の回りのことから始まり、シームレスに専門的な話題へと分け入っていく。その理の連なり。物理学というものが、記憶するだけのものではなく、計算するだけのものでもなく、視点の獲得であるということを教えてくれるのだ。
そして爆笑の中には、息を呑むほどの美しさも潜んでいる。虹の美しさと儚さ、ブラックホールの存在について、惑星がそれぞれ独自の動きを示す理由、星が爆発するとき何が起こっているのか、宇宙はどんな要素から成り、いつ始まったのか、フルートが音楽を奏でる仕組み。これらがまるでアートを語るかのように説明され、自然現象に対する審美眼も養われていく。
教授の授業を熱気もそのままに見てみたいというだけであれば、ウェブ上に大量に転がっている映像を見ることによって代替が可能なのかもしれない。だが本書を読むことは、これに加えて授業を舞台袖から眺めるような視点も提供してくれる。
講義の説明で度々登場する、教授の祖母。彼女は1942年11月19日、ナチスの手によってアウシュビッツで殺された。祖母のみならず身内の半数を毒ガス殺された悲劇を、ルーウィン教授はいまだに消化できないのだという。そんな悲しい過去に端を発する人生観、空っぽの教室で何度となく繰り返される講義の準備模様、ほとばしる物理学への情熱と愛情。
そんな授業の裏側を知ってしまったのが運の尽き。まるで身内のような心境で教授のデモンストレーションを見守り、思わず「上手い!」と呟いたり、学生の反応が妙に気になったり……
また余談だが、ルーウィン教授は、板書術の達人でもあるそうだ。とりわけ、点線を引くのが抜群にうまい。学生の手によって投稿された以下の動画からも、ルーウィン教授の愛されようを伺い知ることができる。
体系的にものごとを学ぶ時、その初期段階には苦痛がつきものだ。そこを面白く伝えられることの価値は測りしない。第9講までに解説されるのは「測定」、「ニュートンの法則」、「気圧・水圧」、「虹」、「音」、「電気・磁気」、「エネルギー保存の法則」まで。そしてこれらのパーツが、轟音を上げながら一つの世界観として構築されていくのが、第10講以降。
ここから登場するのは、X線天文学におけるパイオニアとしてのルーウィン教授だ。その研究生活は、そのまま学問の歴史と重なり合うほどでもある。この宇宙の神秘に迫る奥深い学問を、それまでに獲得した基本知識を中心に説明してのける。あれだけ手間暇をかけた数々のデモンストレーションも、この深遠なる世界へ誘うための前フリに過ぎなかったのだ。
人類は長らく、光によって宇宙をとらえようとしていた。これを光以外の波で宇宙をとらえようと試みたのが、1960年代に生まれたX線天文学という分野だ。超高感度でX線を測定できる機器を構築し、巨大できわめて精巧な気球を大気圏の上限ぎりぎりまで打ち上げ、放射性原子や天文事象を観察するのである。
この分野で為された数々の発見は、超新星の大規模な爆発における星の死の本質を理解することや、ブラックホールが実在することを立証するうえで、貴重な補足材料となったのだという。
X線天文学などという分野の存在を初めて知ったのだが、そのきっかけが本書であったことを幸運に思う。あれだけスベらない授業をする人が面白いと言うのなら、絶対に面白いはずだと確信をもって読み進められるのだ。
このX線天文学において要をなすのが中性子星という存在だ。一定の質量以上の恒星は、やがて重力の重みに耐えきれなくなって崩壊、爆発する。そのプロセスは、水素原子核の融合に始まり、最終的に鉄のコアが形成されるに至る。やがてはその鉄のコアも爆発してしまうわけなのだが、それら一連のサイクルが高速に早回した映像を眺めるかのように説明されていく。
とにかく、喋りも文章もリズムが良い。緩急を織り交ぜながら厖大なものと微小なものを語り、疾走感を持って目的の世界まで連れて行ってくれる。一気呵成に飛び込んでくる新しい景色。待ち受けているのは、「わかった!」という歓喜の瞬間だ。
そんなルーウィン教授の研究においてピークを迎えるのが、X線の奇妙な爆発の連続 ー 「X線バースト」発見の時である。この発見の道中においては、興味深いエピソードも披露されている。ひときわ奇妙な動きをするバーストを発見し、その発表を行う直前、国家安全保障上の理由から発表の差し止めを要請されることになるのだ。はたして、ことの真相はどのようなものだったのか。
本書の背景には、無償でWeb上に授業を公開するオープン・エデュケーションというムーブメントがある。MITでは2001年からこの類のプロジェクトが始まっているのだが、このような恩恵に若くしてあずかれる人達を、本当に羨ましく思う。だが得てして、その価値に気づくのは大人になってからという人も多いだろう。学問の神様は、本当に罪作りだ。
読了後、窓の外に視線を送ってみる。そこには見慣れた景色の、見たこともない表情が待ち受けていた。空は青く、雲は白く、世界は美しい。そして僕は、大きくなったら絶対に物理学者になるぞと、心に固く誓ったのだ。いや、それは無理、無理……
ルーウィン教授の名前を初めて目にしたのが本書『ウェブで学ぶ』であった。ネットの世界が、教育というものをどのように変えたのか。
X線バーストに見られるベキ乗グラフの動きは日常のさまざまなところに見つけることができる。パラダイムを超えた人間行動の法則とは?レビューはこちら。
ルーウィン教授の教え方に非常に近いと感じたのがこちらの一冊。映画評論家の父親が、登校拒否の息子と映画を見ながら過ごした奇跡の三年間。ちなみに著者は現在来日中とのこと。レビューはこちら。
同じく父親が子供に教えることをきっかけとして仕上げられたのが、本書『137億年の物語』。理系と文系、双方の視点から迫る地球137億年の歴史。レビューはこちら。
すべらないと言ったら、日本だって負けてられない。娘さんの結婚式でも爆笑し通しだったという大阪代表・仲野 徹が、科学者の伝記を語る。仲野先生の公開授業も見てみたいぞ!