『小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない』 食えて暮らせて、初めて仕事!

2012年8月6日 印刷向け表示
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小説講座 売れる作家の全技術  デビューだけで満足してはいけない

小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない

  • 作者: 大沢 在昌
  • 出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012/8/1

現在、日本に「職業は小説家である」と胸を張って言える人は何人ぐらいいるのだろう。あなたの身内や友だち、知り合いに小説家はいるだろうか?私のような特殊な事情(小説家の秘書だった)とか、文芸編集経験者ならともかく、出版社に勤めていても小説家の知り合いなどほとんどいない場合が多い。

では「小説家になりたい」という人はどうだろう。実はかなり多くの人が小説家になりたいと思っているのだ。

各出版社はどこも新人賞の募集をしている。本書によると200以上の賞が存在しているらしい。ということは、最低でも毎年200人ぐらいの作家が誕生していることになる。ではその新人の中で生き残れるのは何人か?本書の著者、大沢在昌は「せいぜい、ひとりかふたり」という。

HONZのメンバーも読者も、あまり小説を読まないようだが、さすがに大沢在昌という作家の名前ぐらいは知っていると思う。前推理作家協会の理事長であり、『新宿鮫』シリーズは短編集も合わせると11冊に及ぶ。人気作家のひとりである。

『小説講座 売れる作家の全技術~デビューだけで満足してはいけない』は、文芸誌「野生時代」誌上で、実際に生徒を募集、選考された12名の生徒を前に大沢が講義をしたものの全記録である。

この連載は、実は文藝関係業界では大評判であった。谷崎潤一郎『文章読本』をはじめ、作家や評論家などが書いた「小説の書き方」を指南した本はたくさんある。しかし本書は、書き方はもちろんだが「作家であること」の心得から、編集者や同業者との付き合い方、今後の出版界の展望を語りつつ、生徒それぞれの長所と短所を、質疑応答を含めてかなりの辛口で評し、作家仲間や編集者が「そうだったのか」と気づかされた小説作法や書き方までが述べられていた。まさに今、職業としての小説家がどう生き残るかが網羅されている。

例えば第1回目の講義で語られるのは「作家で食うとはどういうことか」まずは作家という肩書を手に入れるための方策が授けられる。

出来るだけ偏差値の高い新人賞からデビューすることを目指しましょう。(中略)

では「偏差値の高い」新人賞とは何か。ズバリいいます。ミステリー系なら『江戸川乱歩賞』『日本ホラー小説大賞』、時代小説なら『松本清張賞』だと私は思います。「偏差値が高い」とは、賞の出身者がデビュー後どれだけ活躍しているかということ、つまり、直木賞候補やベストセラー作家を多く出している賞を「偏差値が高い」賞だと私は考えています。

現在ではあいまいになってしまった感もあるが、小説は「純文学」と「大衆文学」に分けられる。「大衆文学」はエンターテイメント小説と言い換えてもいいだろう。東野圭吾、宮部みゆき、先日「惜櫟荘」を買った佐伯泰英などがあげられる。多くの人が「作家」と聞いて頭に浮かぶのは、大衆小説家だろう。本書はその大衆小説家を目指す人のための本だ。東野圭吾は乱歩賞出身、宮部みゆきもオール読物新人賞受賞後、今は無くなってしまったが「日本推理サスペンス大賞」を受賞してデビューした。

作家の懐(ふところ)事情も暴露する。

(作家の)八割は年収500万円以下くらい、なかには200万円以下の人もいます。例えば、皆さんが今、角川書店から四六判のハードカバーの長編小説を書き下ろしで出すとします。新人ですから執筆には半年ぐらいはかかるでしょう。初版部数は4000部、定価が1700円、印税は10パーセントとして、皆さんの収入は68万円になります。半年かけて68万、コンビニのアルバイトよりも低い金額です。

年収何億円、なんていうのは本当に一握りの作家だけだ。元手なしで始められ、一発当たれば左ウチワで一生暮らせる、なんてことは決してない。これだけ多くの作家が生まれていれば、当然淘汰され生き残り率はどんどん低くなる。

私は作家の近くに20年以上居て、つくづく「才能」が全てであると実感している。歌手が生まれながらに歌がうまいように、オリンピックに出られる選手は、幼いころから片鱗がみえるように、絵やダンスが秀でた人は天から与えられた才能があるのだ。もちろん、練習や稽古であるところまでは上手くなっても、最後は絶対、才能がものをいう。

しかしそれでも作家になりたい、いや、小説を書きたいという人は、本書を舐めるように読んでほしい。売れるまで時間がかかった作家だけに、その方法論は具体的かつ即効性が高い。20代から50代までの12名の受講生は幸せだ。現在、彼らは講座を受け終わり、卒業制作にかかっているはずだ。その作品が商品になると判断されたら、出版されるだろう。楽しみである。

他の書評家に比べれば格段に少ないとはいえ、仕事柄、私は新人賞の応募原稿を読むことが多い。昨今では応募者の年齢層が高くなり、60歳以上がほとんど、なんてこともある。もちろん、作品が面白ければ年齢なんて関係ないが、小説になっていないものがあまりにも多すぎる。新人賞を募集するときの必須項目として、この『売れる作家の全技術』を読んだ者だけにしてくれないだろうか。あ、それじゃみんな面白くなりすぎて、選考できなくなっちゃうか。

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